石川善助『亜寒帯』と戯れる7 | ヤドリギ金子のブログ

石川善助『亜寒帯』と戯れる7

 海洋の光景について

 

波浪の空に描くトロコイド。

赤い浮標の揺れるあたりは、

網膜に色彩がひどく興奮し、

魚杈(やす)を間違へていかんです。

 

  トロコロイドとは、このテクスト(あるきみ屋版『詩集 亜寒帯』)の脚注によると、「円を転がした時に、その円に定点が描く曲線」となっている。また、ネットでは、「トロコイド(trochoid)」は、幅広い意味では「円がある曲線(直線や円を含む)に沿って転がるときに、その円周上、円の内部又は外部にある定点が描く曲線」のことを指している2。ただし、通常は狭義の意味で「円が直線に沿って転がるときに、その円周上、円の内部又は外部にある定点が描く曲線」のことを指している」とある。

  漁師が泳ぐ魚を狙っているのだが、「赤い浮標」(赤いうき、ブイ)が、トロコロイド曲線を描きキラキラ光り、眩しい=「網膜に色彩がひどく興奮し」ので、海中に泳ぐ魚を「魚杈(やす)」で狙っても、外してしまう、ということだろう。漁師が誰かに語っているように書いている。

   この詩篇で、詩人は海面に描かれる光の曲線の眩しさを、ただそれだけを、漁民に仮託するように描こうとしたのだろうか?

ー19026年8/29の郡山弘史宛手紙からー

「釜石は思ったより大きな繁華街である。そこから二里半も半島にある一軒家である。ことに鯨油と骨粉肥料をとるので恐ろしく嗅い。ほんとうに一人きりだ。郵便は二日に一回、ポストがない。わざわざ半里も出しに行く。詩を思ふにはよい所だ。しかし十日もなるが一篇も一行もかけないのだ。ただ今は自然に追随してゐるばかりだ。鯨が毎日のように入ってくる。海湾の入口で妙にするどいピイツつて笛をならすのだ。

鳶や鴉や鷗が群らがる無数に。血だらけの巨大な仕事だ。で三食共に鯨の生肉をたべさせられる、肉食獣のやうだ。

 人間は実に温和だ、多数の女工も働きに来てゐる。リンカクの正しい女が多い、皆ルノアールばりだ。書いたらすばらしいデッサンがとれると思ふ。日中は少し働いて、夕方から釣魚、晩しゃくにビール一本で八時にねる。これだけで毎日つゞくなら僕の人生はとても幸福だ、詩がかけなくても、生活が詩だから。Yeatsのエニスフリー島のようだ。」