イスラエル兵士への手紙 ー マフムード・ダルウィーシュ ムイーン・ブセイソウー | ヤドリギ金子のブログ

イスラエル兵士への手紙 ー マフムード・ダルウィーシュ ムイーン・ブセイソウー

 

ベイルートは ベイルートの中で
身じろぎもしない
小鳥は バリケードの上で
身じろぎもしない
窓は 瓦礫の上で
開きもしない
ベイルートは 神の侍女のように
その腕の中で
激しい嵐に 乳を与える
きみに 書こう
包囲されたるものから包囲するものへの手紙を
砲弾が わたしたちを 焼いてしまう前に
あるいは きみを 焼いてしまう前に
きみに 書こう
そして 尋ねよう
 いつまで 海の中の島を 攻め続けるのか
 いつまで わたしたちの胸肉から りんごを取り出し続けるのか
 いつまで わたしたちの眼から ジャスミンの花を 取り出し続けるのか
 いつまで 墓を広げて
 墓の中に 住み続けるつもりなのか と
きみに 書こう
砲弾が わたしたちを 焼いてしまう前に
あるいは きみを 焼いてしまう前に
ベイルートから 書こう
包囲にまつわる詩(うた)を書こう
きみに 尋ねるために
 誰が もう一人を 閉じ込めているのか
 誰が 住いを 鉄の中に 定めているのか

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 それとも 詩の中に 生きているとでもいうのか
きみに 書こう
砲弾が わたしたちを 焼いてしまう前に
あるいは きみを 焼いてしまう前に
おお 甲冑に身をかためた 酔っぱらいよ
おお 錆びついた甲冑をまとって わたしたちを
 閉じ込め 自らも閉じ込められている者よ
きみは 安らぎの中にいるか
きみは 破壊して 破壊し
殺して 殺し
突き進んで 突き進み
切り倒して 吹き飛ばし
打ち壊して 粉々にした
きみは 安らぎの中にいるか
きみの目に わたしたちは 今 このレバノンで なんと映っているのか
砂のつまった袋と 見えるのか
それとも霞でできた羊と 思うのか
おお 時空の迷信の中に 踏み迷った者よ
おお 忘却の地図の中に 踏み迷った者よ
おお 犠牲の息子よ おお 炎と刃の息子よ
記憶から 何かを学んだか
アウシュビッツで 粉々にされた きみの亡骸の灰から 何を学んだか
粉砕機に追われる者よ
エルサレムの陥落から 学びはしなかったのか
きみの いにしえの道から
きみの いにしえの黄金の偶像から
きみの いにしえの神との契約から
学びはしなかったのか
包囲は 続く
海は わたしたちの背後に 輝き
きみは わたしたちの流した血の中に いる
包囲は 続く

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わたしたちの身体(からだ)は 塹壕で
血は炎だ
わたしたちは 石を パンに焼き
月を 麺に こねあげ
旅路を 最後まで 続けよう―――
美しい われらが川の 流れの中を
包囲は 続く
名前は 印章の中にあり
神は アダムの中に
やがて 世界を生む
われらが傷の中からは
カンテラが 灯をともす
包囲は 続く
おお 戦車の中に住む者よ
戦車の中で 男は 一生 排泄を続けることが できるのか
戦車の中で 男は 読み書きを続けることが できるのか
戦車の中で 男は 鳩を飛ばすことが できるのか
戦車の中で 男は 妻と交わることが できるのか
戦車の中に 樹を植えることが できるのか
おお 戦車の子宮より 出たる者よ
おお 戦車の子宮に 還りゆく者よ
いつまで その鉤爪(かぎづめ)の中に いるのか
いつまで 心安らかで いられるのか
遠い国へ出す
今日の新しい手紙に きみは 何を書いたのか
まもなく 帰る と書いたのか
戦争は まもなく 終わるよ と書いたのか
残ったのは ただ 炎に包まれた塹壕と 銃と 通りと
そして 包囲された町の人間が一握り 山と積まれた声明文の上に
・・・戦争は終わり 次の戦争を生む
そうして そうしてきみは やがて
水道の蛇口を ひねり

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手を 洗う
だが いかにして?
せっけんは 子供の頭で
水は 土塁の砂と いうのに
そして いかにして これから
きみは 心安らかに 通りを 歩けるのか
おお わたしたちの祖国に住みついた 六角の(ダビデの)星よ
いつまで 時の流れと 戦い続けるつもりなのか
いつまで わが骸(むくろ)は
壁にかかった時計のように
忘れられた時刻を 鳴らし続けるのか
そして いつまで きみは
砂の上に砕ける 白波を 恐れているのか
いつまで きみは
山に炎を咲かせる 赤い薔薇を 恐れているのか
いつまで きみは
カモシカの足音を 恐れているのか
いつまで この水は

われらの間を 死の川となって 流れ続けるのか
そして いつまで このパンは
われらの間で 死の食べ物で あり続けるのか
いつまで きみは 死人のように 生きるのか
いつまで きみは 死人のように 生きるのか
あたかも わたしたちは 一つの骸の 二つの顔のよう
そして われらの間で 洪水が すべてをおおい尽くす
いつまで きみは(ユダヤの)『契約の箱』を かついで歩くのか おお 『契約の箱』の主よ

きみは 安らぎの中にいるか
きみは 安らぎの中にいるか

                      訳 加納吾朗(*6) (『フィラスティン・びらーでぃ』1982 年 10 月号所収)