ガザのおかげでヨーロッパ哲学の倫理的破綻が露呈したーハミッド・ダバシ(試訳=早尾貴紀)ー | ヤドリギ金子のブログ

ガザのおかげでヨーロッパ哲学の倫理的破綻が露呈したーハミッド・ダバシ(試訳=早尾貴紀)ー


                                                      2024年1月18日

 もしイラン、シリア、レバノン、トルコが、ロシアと中国に全面的に支援され、武装し、外交的に保護されながら、テルアビブを現在のガザと同じように、3カ月間昼夜を問わず爆撃し、何万人ものイスラエル人を殺害し、数え切れないほどの負傷者を出し、何百万人もの家を失い、この都市を人が住めない瓦礫の山と化す、そのような意志とその実現手段があったとしたら、と想像してみてほしい。それから、イランとその同盟国が、テルアビブの人口の多い地域、病院、シナゴーグ、学校、大学、図書館、あるいは実際に住民のいるどんな場所であれ、そこを意図的に標的にし、民間人の犠牲者を確実に最大化するということがあり、そしてイランと同盟国が、「イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相と彼の戦時内閣を探していただけだ」と世界に言ったとしたらどうだろう。こういうことを少しでも想像してほしい。とりわけアメリカ合衆国、イギリス、EU、カナダ、オーストラリア、ドイツは、この架空のシナリオの猛攻撃を受けたら、24時間以内に何をするだろうかと、自問自答してほしい。

 現実に戻って、10月7日以来(そしてその数十年前から)の事実を考えてみよう。つまり、テルアビブ[イスラエル政府/イスラエルはエルサレムが首都だと主張しているが国際的には認められていない]の西欧同盟国は、イスラエルがパレスチナ人に行なったことを目撃してきただけでなく、軍事装備、爆弾、軍需品、外交関係をイスラエルに提供し、アメリカのメディアはパレスチナ人の殺戮さらにジェノサイドをイデオロギー的に正当化してきた、という事実についてだ。

 前述のような架空のシナリオは、既存の世界秩序では一日たりとも耐えがたいだろう。アメリカ、ヨーロッパ、オーストラリア、カナダの軍事的暴挙がイスラエルを全面的に支援している以上、パレスチナ人のような無力な私たち世界の人びとは勘定に入れられないのだ。これはたんに政治的現実であるだけでなく、「西洋」を自称するものの道徳的想像力や哲学的普遍にも当てはまる。

 ヨーロッパの道徳的想像力の圏外にいる私たちは、彼らの哲学的普遍の中には存在しない。アラブ人、イラン人、ムスリム、あるいはアジア、アフリカ、ラテンアメリカの人びと――こうした私たちは、ヨーロッパの哲学者たちにとって、征服し黙らせなければならない形而上学的な脅威でしかなく、いかなる存在論的な現実ではない。私たちは、イマヌエル・カントやゲオルク・ヴィルヘルム・フリードリヒ・ヘーゲルに始まり、エマニュエル・レヴィナスやスラヴォイ・ジジェクに至るまでオリエンタリストたちが解読する任務を負った奇異な存在であり、物体であり、知覚対象であるのだ。そのため、イスラエルとアメリカ、そしてヨーロッパの同盟国によって何万人もの人間が殺されても、ヨーロッパの哲学者たちの心にはほんのわずかも響かない。

ヨーロッパ部族の聴衆たち

 それを疑うなら、ヨーロッパを代表する哲学者であるユルゲン・ハーバーマスとその同僚たちを見てみればいい。彼らは、残酷な下品さを驚くほど露わにして、イスラエルによるパレスチナ人の虐殺を支持することを表明した。問題は、現在94歳のハーバーマスを人間としてどう思うかということではもはやない。問題は、社会科学者、哲学者、批判的思想家としての彼をどう考えるかである。彼が考えることは、いまなお世界にとってわずかであれ重要なことなのだろうか?

 ドイツを代表するもう一人の哲学者、マルティン・ハイデガーについての、ナチズムへの悪質な協力に照らしてみたのと同類の問題を、世界は問いかけている。私見では、今こそハーバーマスの暴力的なシオニズムに対しても同じように問わなくてはならず、それは彼の哲学的プロジェクト全体に対する私たちの考え方に重大な影響を及ぼすであろう。もしハーバーマスがパレスチナ人のような人びとに対する道徳的想像力の余地を微塵も持っていないのであれば、彼の哲学的プロジェクト全体が、彼の身近なヨーロッパ部族の聴衆を超えて、その他の人類と何らかの関係があると考える理由が一つでもあるだろうか?

 イラン人の著名な社会学者アセフ・バヤットは、ハーバーマスへの公開書簡の中で、ガザの状況に関することになると、彼は「自らの思想と矛盾している」と述べた。失礼ながら、私はそうは思わない。パレスチナ人の命を無視するハーバーマスの姿勢は、彼のシオニズムに完全に一貫していると考える。非ヨーロッパ人は完全には人間ではない、あるいはイスラエル国防大臣ヨアヴ・ガラントが公言しているように「人間の顔をした動物」である、という世界観と完全に一致しているのだ。

 このパレスチナ人に対する完全な無視は、ドイツとヨーロッパの哲学的想像力に深く根ざしている。ホロコーストの罪悪感からドイツ人はイスラエルに強固に献身するようになった、というのが通説だ。しかし世界の他の国々にとっては、南アフリカ共和国が国際司法裁判所に提出した壮大な文書[84頁分ある訴状]が証明しているように、ドイツがナチス時代に行なったことと、シオニスト時代に現在行なっていることの間には、完全な一貫性がある。

 ハーバーマスの立場は、シオニストによるパレスチナ人虐殺に加担するドイツ国家の政策と同一線上にあると私は思う。またハーバーマスの立場は、いわゆる「ドイツ左派」が、同様に人種差別的・イスラム嫌悪的・外国人嫌悪的にアラブ人やムスリムを憎悪し、「ドイツの左派」がアラブ人やイスラム教徒を憎み、イスラエル人入植者[西岸地区入植者だけでなくイスラエルのシオニスト全般]のジェノサイド行為を全面的に支持していることとも、する「ドイツの左翼」とも一致している。ドイツが今日抱えているのはホロコーストの罪悪感ではなく、ジェノサイドのノスタルジアなのだ、と考えたとしても許されるはずだ。というのも、ドイツは、(この100日間だけでなく)過去100年以上にわたって、イスラエル[シオニスト]がパレスチナ人を虐殺するのを我が事のように楽しんできたのだから。

道徳的頽廃

 ヨーロッパ哲学者の世界観に対して一貫して向けられるヨーロッパ中心主義という非難は、たんに彼らの思考における認識論的欠陥に基づくものではない。それは道徳的頽廃の一貫した兆候である。私は過去に何度も、ヨーロッパの哲学的思考とその最も著名な代表者の根底に現在ある不治の人種差別を指摘してきた。この道徳的頽廃は、たんなる政治的過失やイデオロギーの盲点ではない。それは彼らの哲学的想像力に深く刻み込まれており、そのために彼らは救いがたいまでに部族的なままなのだ。

 ここで、マルティニークを誇る詩人、エメ・セゼールの有名な言葉を再確認しなければならない。「そうだ、ヒトラーとナチズムのやり方は、臨床的かつ詳細に研究する価値がある。そして、優雅にして人道主義的かつ篤信家の20世紀のブルジョワに教えてやるのだ。彼の中には、まだ自らの本性に気づいていないヒトラーがいる。彼にはヒトラーが宿っている。ヒトラーは彼の守護霊(ダイモン)である。彼らがヒトラーを罵倒するのは筋が通らない。結局のところ、彼が赦さないのは、ヒトラーの犯した罪自体、つまり人間に対する罪、人間に対する辱めそれ自体ではなく、白人に対する罪、白人に対する辱めなのであり、それまでアルジェリアのアラブ人、インドの苦力、アフリカのニグロにしか使われなかった植民地主義的やり方をヨーロッパに適用したことなのである。」(エメ・セゼール『帰郷ノート/植民地主義論』砂野幸稔訳、平凡社ライブラリー、pp.137-138)

 パレスチナは今日、この一節でセゼールが挙げた植民地支配による残虐行為の延長線上にある。ハーバーマスは、パレスチナ人の虐殺を支持することが、彼の祖先がナミビアで行なったヘレロ人とナマクア人の大量虐殺[ドイツ帝国が1904-08年に行なった先住民虐殺]と完全に一致していることを知らないようだ。ダチョウの諺[頭隠して尻隠さず]のように、ドイツの哲学者たちはヨーロッパの妄想の中に頭を突っ込み、世界が自分たちの正体を見抜けないと思い込んでいる。結局のところ、私の見解では、ハーバーマスは何ら驚くべきことや矛盾したことを言ってもいなければしてもいない。むしろ逆だ。ハーバーマスは、彼の哲学的血統における不治の部族主義――これまで不誠実に普遍的姿勢を装っていたもの――と完全に一致している。

 世界は今、そのような誤った普遍性の意識から脱却しつつある。コンゴ民主共和国のヴァレンティン=イヴ・ムディンベ、アルゼンチンのウォルター・ミニョーロやエンリケ・デュッセル、日本の柄谷行人のような哲学者たちは、ハーバーマスやその一派が主張した普遍性よりもはるかに正当な普遍性への主張を行なっている。

 私見では、パレスチナに関するハーバーマスの道徳的破綻は、ヨーロッパ哲学とそれ以外の世界との植民地的関係における転換点を示している。世界はヨーロッパの部族哲学の誤ったまどろみから目覚めたのである。今日、私たちがこうして解放されたのは、パレスチナ人のような民族が世界各地で苦難を被っているおかげである。彼らの長期にわたる歴史的なヒロイズムと犠牲によって、「西欧文明」の基盤にある剥き出しの野蛮さがついに解体されたのだ。

 

出典:https://www.middleeasteye.net/opinion/war-gaza-european-philosophy-ethically-bankrupt-exposed