『障子のある家』へー尾形亀之助の詩について114ー
初夏一週間(恋愛後記)
つよい風が吹いて一面に空が曇つてゐる
私はこんな日の海の色を知つてゐる
歯の痛みがこめかみの上まで這ふやうに疼いてゐる
私に死を誘ふのは活動写真の波を切つて進んでゐる汽船である
夕暮のやうな色である
×
昨日は窓の下に紫陽花を植ゑ 一日晴れてゐた
「×」印を境にしての最後の行が、その前のすべての行と対照的であり、暗さを一層重たいものにしている。それにしても、やり場のない自棄が強くうかがえる詩だ。表題の括弧書きに「(恋愛後期)」とあるから、失恋という破局にまだ至ってはいないが、ピリオドがなかなか打たれないままずるずると、投げやり気味のどろどろした関係が継続し、断ち切ろうとして断ち切れない詩人の思いが、「つよい風」とか「空が曇ってゐる」という風景から、「海」とその「色」を想起させ、相互にすれ違ってしまう感情のもつれが三行目にあるように身体化されている。そして、決定的な四行目。歯の痛みの疼きは、「活動写真の波を切つて進んでゐる汽船」を見ただけで「死を誘ふ」のであり、それゆえだろう、その写真は「夕暮のやうな色」をしている、していなければならない。この詩は前の詩篇「小さな庭」よりも遙かに寂しく暗いものを感じさせる。それは単に「死を誘ふ」とあるからではない。