サイボウズの社長の青野氏の記事を見た。タイトルが結構センセーショナルに響いたので見てみた。
タイトルは、
「育児という生産性の低い仕事に、イライラ」というものだった。
生産性が低いというところが、僕の心には一瞬、否定なネガティブな気持ちが芽生えた。
僕自身、子供がいて彼のような数か月の新生児ではないので、もっと楽だが、今でも子供と生活しながら仕事をするというのは非常に大変だということを身にしみている。
子供の面倒を見ながらと考えると、30分が多分固まって取れる時間の最大ではないか?と思うくらいの時間しかない。会社から離れて、育児休暇を取った彼は僕は尊敬できる。もちろん、育児休暇をとることがマイナスに働くこともあるので、育児休暇を取るべきだなどというつもりもないし、それは人それぞれでいいと思う。けれど、彼の行為が何らかの社会的な影響を与えたことはいいことであって、それぞれが、解答を持てばいいと思う。
しかし、この生産性の低い仕事というのは、やっぱり僕は引っかかる。
こんなにネガティブな仕事ではないと思っている。生産性は非常に高い。それ以上に、今の世の中が無理をしているような気がしなくもない。
逆にいえば、生産性が低いとか、高いとかそれは評価軸によって変わるわけで、違う評価軸もあるんだということを僕は育児をしていて学んだことだ。
一つ、注記ですが、僕は彼のタイトル自体は気にかかるのだが、全部の記事内容はむしろ賛成だし、僕も共感できる。彼は仕事柄、職業柄常に効率性を意識しなければいけない、だから子供が食事をするのに30分大人がつきっきりでやらなければいけなかったりする状態を、この時間でメールが何本かけ、部下とのコミュニケーションに費やせるという比較をしてしまうわけだが、そもそも子育てをするために休みを取ったんだから、休みを如何に有意義に過ごすかにスイッチしたという部分は、いろいろと気付きを教えてもらった。
僕は思うのだが、会社をあけると心配になるという気持ちはよくわかる。しかし、社長不在でガタつくような会社に作った覚えはないという彼の自負もあるのではないかと思う。
組織で仕事をするのは効率性というものがあるけれど、補い合うという部分も大変に多い。
会社と家族は別ではあるが、切り離せない部分もある。仕事の中にも充実は求めるし、家族関係がギズギズしていたのでは、仕事も手につかない。そんなこともたくさんある。ワークライフバランスまでは僕は踏み込むことはないが、家庭も、仕事に真剣に取り組みその中で充実感を得られることはとてもいいことだと思う。
仕事ばかりでつまらない人もいるが、家庭で満点パパでも仕事場で窓際であるのもつらい。
生産性という観点で行くと、生産性は仕事に比べたら子育ては悪いと言えるのは、収益性という物差しでの判断ではそうなるだろう。ベビーシッターの時給がいくらで、自分で稼ぐのはいくらでと考えると、違いを見出すことはできるのだが、僕にとっては子育てはそういう物差しではない部分でやっぱり報酬を与えてくれる。
子供といるとやっぱり幸せなのだ。
それに、効率性は良くないかもしれないけど、変化や成長を見ることができる。この成長は自分が部下と一緒に達成した成長に非常に似ている。
もちろん、大人と幼児との成長とは同じテーブルで論じることは難しいだろうけど、大人にもイライラするのだから、子供にもイライラする。
でも、人間の成長のスピードに合わせないと疲弊していくことも事実。それが子供には分かるのに、大人には「そんなこともできねーのか???」なんてことになる。もちろん大人の世界なので、そこら辺はわかってよという部分もあるだろうが、それでも人間が成長するには時間がかかる。
こうやってみると、子育ては組織の育成に近いものがやっぱりあって、健全に成長するための時間軸というものを大局的にとらえないと、子供も会社もつぶれてしまう。
しかし、ビジネスの観点ではそれは忘れがちになってしまう。もちろん、会社はつぶれてもまたやり直しがきくが、子供はやり直しがきかない。それ以上に子供は愛しているが、それに比べたら会社なんてという部分もある。
そうはいっても、僕は仕事も愛していたし、子供も家族も愛していた。
同じものだということも多い。従業員は大切だったし、自分たちが行っていることに誇りを持っていた。埃を持って仕事するからこそ、家族に対しても胸を張れたし、今の自分がいる。
だから、良きマネージャーは、仕事も家庭もうまくやっている人。誰かの犠牲の上に会社を築くが長くはないのと同じで、家庭も同じじゃないか。と思い起こしてくれた。
今日テレビで、外国人の就職活動の様子を見ていた。
就職は日本人でも難しいのだから、外国人はもっと難しいといいうコメントがあった。僕はそのコメント自体は間違っていると思う。
日本人の中でも何ヶ国語もしゃべれる人間はいるが、外国人の中にも日本語を流ちょうにしゃべる人間もいる。自分も英語はしゃべれるものの、日本語ほど自由には扱えない。むしろストレスも多い。それでも自分の特技を磨きなんとか英語でも仕事をできるようになった。
逆にどんなに日本語が話せるやつでも、仕事ができない人は多い。
そうだと考えると、僕は外国人ひいきになってしまう。
日本語を話せるのはファンダメンタルかもしれないかけれど、それ以外の基準は何を見ているんだろうというと、決して専門性ではない。もちろん、専門性があることにこしたことはないけど、学卒程度の専門性はどっちかというと重要じゃない。専門性を身につけていく間に習得する問題発見能力であり、問題解決能力なのである。
実社会と学問の違いは相手がいるという点だとおもう。学問においては研究対象は固定することができるが、ビジネスにおいては、相手は社内力学や競合他社の動向によって、大いに前提条件が変わる。だから、もっともっと難易度は高い。
もちろん、高度な数学を操ることで社会の中の一事象をモデル化し、その解決策を探れるなんて人がいればその人はほしい。けれど、そんな特殊能力がなければいけない会社などない。
そうであるなら、違う価値観を入れた方が会社の発展のためにはいいし、多少の日本語のハンディなど、あまり問題にならない可能性も大きい。
実際の日本の大企業におけるサラリーマンが本当に仕事をしている時間は、僕の経験からは1日4時間くらい。それ以外は遊んでいてもあんまり変わらないと言ったら言い過ぎかもしれないけど、実際胸に手を当てて考えると、無駄な時間や仕事をしている振りの時間の大きいのも現実だ。
外国人の方が日本語を操れない。そういう意味では、仕事は遅いかも知れない。しかし、それは必ず補える。日本語を理解している癖にできない・やらないやつもいるのだ。だから、必ずしも仕事に影響するわけではない。もちろん彼・彼女らを特別扱いしなければいけないケースはあるが、それは日本人個人個人に違う対応をするのと同じだと僕は思っている。
日本の会社の中で、彼らの活躍の場を作れなければ、彼らの国でその会社の活躍の場はないと思っている。ドメスティックな業種の中でも、彼ら外国人が生活をしている。それを考えれば、市場をもっと彼らにも開放していく必要性がこの日本にはある。だからこそ、積極的に彼らを活用するタイミングが来ている。
就職は日本人でも難しいのだから、外国人はもっと難しいといいうコメントがあった。僕はそのコメント自体は間違っていると思う。
日本人の中でも何ヶ国語もしゃべれる人間はいるが、外国人の中にも日本語を流ちょうにしゃべる人間もいる。自分も英語はしゃべれるものの、日本語ほど自由には扱えない。むしろストレスも多い。それでも自分の特技を磨きなんとか英語でも仕事をできるようになった。
逆にどんなに日本語が話せるやつでも、仕事ができない人は多い。
そうだと考えると、僕は外国人ひいきになってしまう。
日本語を話せるのはファンダメンタルかもしれないかけれど、それ以外の基準は何を見ているんだろうというと、決して専門性ではない。もちろん、専門性があることにこしたことはないけど、学卒程度の専門性はどっちかというと重要じゃない。専門性を身につけていく間に習得する問題発見能力であり、問題解決能力なのである。
実社会と学問の違いは相手がいるという点だとおもう。学問においては研究対象は固定することができるが、ビジネスにおいては、相手は社内力学や競合他社の動向によって、大いに前提条件が変わる。だから、もっともっと難易度は高い。
もちろん、高度な数学を操ることで社会の中の一事象をモデル化し、その解決策を探れるなんて人がいればその人はほしい。けれど、そんな特殊能力がなければいけない会社などない。
そうであるなら、違う価値観を入れた方が会社の発展のためにはいいし、多少の日本語のハンディなど、あまり問題にならない可能性も大きい。
実際の日本の大企業におけるサラリーマンが本当に仕事をしている時間は、僕の経験からは1日4時間くらい。それ以外は遊んでいてもあんまり変わらないと言ったら言い過ぎかもしれないけど、実際胸に手を当てて考えると、無駄な時間や仕事をしている振りの時間の大きいのも現実だ。
外国人の方が日本語を操れない。そういう意味では、仕事は遅いかも知れない。しかし、それは必ず補える。日本語を理解している癖にできない・やらないやつもいるのだ。だから、必ずしも仕事に影響するわけではない。もちろん彼・彼女らを特別扱いしなければいけないケースはあるが、それは日本人個人個人に違う対応をするのと同じだと僕は思っている。
日本の会社の中で、彼らの活躍の場を作れなければ、彼らの国でその会社の活躍の場はないと思っている。ドメスティックな業種の中でも、彼ら外国人が生活をしている。それを考えれば、市場をもっと彼らにも開放していく必要性がこの日本にはある。だからこそ、積極的に彼らを活用するタイミングが来ている。
自分は日記をつける。3年日記帳というものをつけていて、3年前の自分を振り返られる便利なもの、1年前何をしていたのか?本日を振り返る上で非常に自分を冷静にしてくれると共に、自分の成長やまったく変わっていない部分を思い知らされてくれる。
本日は、新しい予定が来週に入った。コンビニ業界での風雲児というか、重鎮のかたとお会いするアポイントが取れたので、その人と前回お会いした時のことを振り返るため、日記を振り返ってみた。
前回合ったのは1月22日。そのとき、先生(と呼んでいる)は入院中だった。病床のさなかに、僕はスポーツ大好きな先生のために、スポーツ雑誌を山と持って、お見舞いに行った時だった。
その人は、広い意味での流通の中にいた。その人が畑違いのコンビニを立ち上げた人だとは思えない。
世界を掛けた商社マン的な姿勢はいつもくずしていなく、いつも遠い目標を持っているようなそんな人だった。
だから、その人がコンビニをたちあげるなんていったとき、まるで大蔵官僚がラーメン屋を始めるそんあインパクトのあるイメージに僕は捉えた。
その人とあって至極の言葉がある。それは「オペレーション」という言葉だ。
オペレーションという言葉には多分たくさんの意味と側面があると思う。通常使うコンテクストは
「効率的なオペレーション」とか、「一部オペレーションを省く」とか、基本的に工程とか、実作業の手順とかそういう意味でつかわれる。しかし、彼は違う表現の仕方をする。
「自分たちが取り組んでいることを説明していく力」
ふーんと、どういう意味?って初めは思った人は、経営者はもちろん、管理職にもなるべきでないと思うが、僕はなるほどと思った。
自分はこんな風にうまく言葉を結晶化できないけれど、経営には当然目標がある。だとしたら当然に目標達成のためにオペレーションはある。
目標値は経営数値のこともあるが、ビジョンの実現ということでもある。
その時、オペレーションはお客様に見えない部分で、手抜きがあったとしよう。それが「最高の食材と最高の技術でお客様を感動させるお店」を掲げる飲食店の場合、おそらくオペレーションはできてない。吉兆を思いだしたがそんなこと。
オペレーションに関して言えば、おそらく社員の一挙手一投足に関しても理由があるし、ストーリーがあるはずなのだ。これらの有形無形の作業をすることによって、目標値の達成に一歩でも2歩で近づくことができるのだ。
本日は、新しい予定が来週に入った。コンビニ業界での風雲児というか、重鎮のかたとお会いするアポイントが取れたので、その人と前回お会いした時のことを振り返るため、日記を振り返ってみた。
前回合ったのは1月22日。そのとき、先生(と呼んでいる)は入院中だった。病床のさなかに、僕はスポーツ大好きな先生のために、スポーツ雑誌を山と持って、お見舞いに行った時だった。
その人は、広い意味での流通の中にいた。その人が畑違いのコンビニを立ち上げた人だとは思えない。
世界を掛けた商社マン的な姿勢はいつもくずしていなく、いつも遠い目標を持っているようなそんな人だった。
だから、その人がコンビニをたちあげるなんていったとき、まるで大蔵官僚がラーメン屋を始めるそんあインパクトのあるイメージに僕は捉えた。
その人とあって至極の言葉がある。それは「オペレーション」という言葉だ。
オペレーションという言葉には多分たくさんの意味と側面があると思う。通常使うコンテクストは
「効率的なオペレーション」とか、「一部オペレーションを省く」とか、基本的に工程とか、実作業の手順とかそういう意味でつかわれる。しかし、彼は違う表現の仕方をする。
「自分たちが取り組んでいることを説明していく力」
ふーんと、どういう意味?って初めは思った人は、経営者はもちろん、管理職にもなるべきでないと思うが、僕はなるほどと思った。
自分はこんな風にうまく言葉を結晶化できないけれど、経営には当然目標がある。だとしたら当然に目標達成のためにオペレーションはある。
目標値は経営数値のこともあるが、ビジョンの実現ということでもある。
その時、オペレーションはお客様に見えない部分で、手抜きがあったとしよう。それが「最高の食材と最高の技術でお客様を感動させるお店」を掲げる飲食店の場合、おそらくオペレーションはできてない。吉兆を思いだしたがそんなこと。
オペレーションに関して言えば、おそらく社員の一挙手一投足に関しても理由があるし、ストーリーがあるはずなのだ。これらの有形無形の作業をすることによって、目標値の達成に一歩でも2歩で近づくことができるのだ。
ブログネタ:コーヒーショップ、どこが好き?
参加中私はタリーズ 派!
本文はここから
コーヒーは大好きな飲み物。できれば、仕事中もコーヒーを飲みながら行いたい。
仕事や読書につきものな物は、僕にとって、コーヒーそしてタバコなのだ。実際、今もこうやってパソコンといじくりながら、タバコ、コーヒーとパソコンは僕にとっての必須アイテムになっている。
スターバックスのコーヒーは好きだが、残念なことに、タバコが吸えない。タバコは値上がりもしたので、辞めようか等と思っている人がいるが多分僕には無理。アメリカにいたときには、1箱800円したタバコだが、それでもすっていた。いまさら100円ごときの値段で辞めることは多分ない。
そしてコーヒーだが、圧倒的にタリーズで飲んでしまう。
味はよくわからない。多分スターバックスのコーヒーであろうと、マックのコーヒーであろうと眼隠しでこれはどこの?と聞かれても僕は分かりません。でもコーヒーショップに行く理由は単純に時間を買っていると答えたい。
そこで過ごす時間をより、本気モード(仕事)だったり、ゆったりモード(読書)にしてくれるのはこの空間のおかげ。その中でキーファクターは煙草であり、コーヒーであるのだ。
だから、残念だが、僕はコーヒーショップでコーヒーを飲みに行っているわけではない。
そんなにコーヒーが好きなら、家でもネルドリップでコーヒーを落とす。でも、しない。その理由は自宅ではない非日常がほしいからだ。
単純だからこそ、場所を選ぶ。
できれば、テラス席、煙草をくゆらせながら、コーヒーを飲む。コーヒーが冷めるまでそこにいるほど集中できたら、1日の中で充実した時間になる。
さて、ブログに合わせて、ビジネス関連にむりくりつなげると
現在はコーヒーショップビジネスは頭打ち。新規投資を行う会社よりも守りの姿勢が多い。
積極的にポートフォリオの入れ替えをしているところは、今後の景気回復局面に合わせて収益性の回復を見ることになると思う。コーヒーというキーワードに関しては、マクドナルドも頑張っていると思う。
しかし、マクドナルドも、健康志向ではないが、都会型マックではタバコが吸えなくなってきている。嫌煙にはあらがえないのだが、マクドナルドにはジャンクの雰囲気も残してもらいたいと思う。以上は個人的な見解だが、マックの戦略的にはヒット商品や利用シーンを変えていくという点において、突出したものがある。
ここまで広がった店舗というインフラ効率を最大限にあげるという形での頑張りは非常に素晴らしいと思う。
一方、他のコーヒーチェーンは頭打ち。。。。その中でもスターバックスはやっぱり凄いと思う。
仕事に欠かせない場所になっている自分だが、無線LANを構え落ち着いて何かに取り組める環境はスタバがぴかイチ。その上、ラテとかスムージーではなく、コーヒー一直線の自分にとっては、コーヒーリフィル100円は非常に魅力的。スタバにいこうと思っちゃう。加えて、スタバのお店でいいなあと思うのは、直営ではなく、FC店。自分の身に降りかかる分、非常にまじめに取り組むし、ちょっとした工夫の連続がリピーターにさせてくれる。
リフィルチケットのコスト配分がどうなっているのか分からないが、僕はいつもいくFC点で340円(トールコーヒー)を頼み、他の店で100円リフィルチケットを使う日々が続いている。
コーヒーは大好きな飲み物。できれば、仕事中もコーヒーを飲みながら行いたい。
仕事や読書につきものな物は、僕にとって、コーヒーそしてタバコなのだ。実際、今もこうやってパソコンといじくりながら、タバコ、コーヒーとパソコンは僕にとっての必須アイテムになっている。
スターバックスのコーヒーは好きだが、残念なことに、タバコが吸えない。タバコは値上がりもしたので、辞めようか等と思っている人がいるが多分僕には無理。アメリカにいたときには、1箱800円したタバコだが、それでもすっていた。いまさら100円ごときの値段で辞めることは多分ない。
そしてコーヒーだが、圧倒的にタリーズで飲んでしまう。
味はよくわからない。多分スターバックスのコーヒーであろうと、マックのコーヒーであろうと眼隠しでこれはどこの?と聞かれても僕は分かりません。でもコーヒーショップに行く理由は単純に時間を買っていると答えたい。
そこで過ごす時間をより、本気モード(仕事)だったり、ゆったりモード(読書)にしてくれるのはこの空間のおかげ。その中でキーファクターは煙草であり、コーヒーであるのだ。
だから、残念だが、僕はコーヒーショップでコーヒーを飲みに行っているわけではない。
そんなにコーヒーが好きなら、家でもネルドリップでコーヒーを落とす。でも、しない。その理由は自宅ではない非日常がほしいからだ。
単純だからこそ、場所を選ぶ。
できれば、テラス席、煙草をくゆらせながら、コーヒーを飲む。コーヒーが冷めるまでそこにいるほど集中できたら、1日の中で充実した時間になる。
さて、ブログに合わせて、ビジネス関連にむりくりつなげると
現在はコーヒーショップビジネスは頭打ち。新規投資を行う会社よりも守りの姿勢が多い。
積極的にポートフォリオの入れ替えをしているところは、今後の景気回復局面に合わせて収益性の回復を見ることになると思う。コーヒーというキーワードに関しては、マクドナルドも頑張っていると思う。
しかし、マクドナルドも、健康志向ではないが、都会型マックではタバコが吸えなくなってきている。嫌煙にはあらがえないのだが、マクドナルドにはジャンクの雰囲気も残してもらいたいと思う。以上は個人的な見解だが、マックの戦略的にはヒット商品や利用シーンを変えていくという点において、突出したものがある。
ここまで広がった店舗というインフラ効率を最大限にあげるという形での頑張りは非常に素晴らしいと思う。
一方、他のコーヒーチェーンは頭打ち。。。。その中でもスターバックスはやっぱり凄いと思う。
仕事に欠かせない場所になっている自分だが、無線LANを構え落ち着いて何かに取り組める環境はスタバがぴかイチ。その上、ラテとかスムージーではなく、コーヒー一直線の自分にとっては、コーヒーリフィル100円は非常に魅力的。スタバにいこうと思っちゃう。加えて、スタバのお店でいいなあと思うのは、直営ではなく、FC店。自分の身に降りかかる分、非常にまじめに取り組むし、ちょっとした工夫の連続がリピーターにさせてくれる。
リフィルチケットのコスト配分がどうなっているのか分からないが、僕はいつもいくFC点で340円(トールコーヒー)を頼み、他の店で100円リフィルチケットを使う日々が続いている。
世の中、良くわからんね。
基本的に、制度を変えると何らかのひずみが出るのは明らか。
僕の知っている弁護士の先生は、非常に優秀だし、非常に忙しくしている。いそがしいなら人手が足りないのは当たり前だと思ったら、需要よりも供給の方が多い世界ということで、ふーんそうなんだと思った。
基本的に考えて、大学卒業した人も就職先がないのだから、司法試験に合格しても就職先がないのは良くわかる。
で、日本のリーガルサービスなのだが、僕はアメリカにいたときにここまで弁護士の仕事なんだぁと思うことがたくさんあった。そして概してリーガルサービスは高かった。
安いところもあるかもしれないけど、多分価格は統一されているんじゃないか?と思う。
日本のリーガルサービスについても、お医者さんと同じように価格統制すれば、それなりに雇用を吸収できるのではないかと思う。
で、議題の司法修習生への給付なのだが、僕は給付は与えるべきであると思う。
弁護士や法曹の仕事に就くには、特殊なバーを与えているのだから、それなりの報酬というか役得はないといけない。当然民間にでる人間も多いのだが、検察や裁判官などにはもっと需要があるんではないかと思う。
裁判には時間がかかるのが日本であるが、もっと裁判が早く行われるようになったら、どんなことになるのであろうか?裁判が長期化することによって存在する損失と、qualityを落とすことなく短期に行うことができるようになるとどういうメリットが存在するのかを戦略的に考えるべきだと思う。
裁判所の裁判官が現在の裁判制度にどういう改革をもたらそうかといっているのか分からないが、このくらいの吸収余力はあってしかるべきだと思う。
裁判というボトルネックがあるから、日本のリーガルサービスが停止している部分がある。
国が目指すべきアウトプットは、紛争の数を減らすことももちろんだが、紛争が時間という資産を削ることなく解決されるというのも重要なアウトプットだと思う。だからこそ、弁護士の数も裁判官の数も増やしたいという議論ではなかったのか?
司法試験の制度そのものが変わった時、当然にひずみもでる。もしかしたら、法曹の人間の質の劣化によって不幸な結果が生まれる可能性もある。しかし、だからこそ、再審制度が存在しているし、早く決まることで別の手を打てる。
現在は、早く判決が出ないから最後の最後の手段として裁判があるが、実際はそんな紛争は早く解決して、次のステップに踏み出したいものだと思うのだが、どうなんだろうか?
だから、法曹の人間は増やすという国家意思を示したのだから、国家の意思として優秀な人を育てるのだ、だから給付するのだ。それによって日本はより住みやすい国になるのだ。そういうメッセージをもっと政治は発するべきだと思う。
高々100億の予算のために、ここまで紛糾する国はないだろう。
そして司法試験を突破して、社会に出た皆さんの中で、就職難で職がない人もいると聞いた、ここはチャンスだとおもう。制度の矛盾や社会の構造の変化の真っただ中にいるのである。
今後は弁護士といえども、身分や職が保証されているのではない。それに加え、弁護士の資格を取ったのは何かその資格があることで役に立つ目標値があったからだ、資格取得が目標値ではないし、資格だけで尊敬される人はいない。
世の中はそういう状況になっている。その資格を生かすも殺すも、本人の貢献の度合いでしかない。
既存の弁護士とは違う、生き方を迫られているのであるからこそ、弁護士としての特色を出せる可能性があるのだ。
そういう意味では、サラリーマンも、ビジネスマンも同じだ。
基本的に、制度を変えると何らかのひずみが出るのは明らか。
僕の知っている弁護士の先生は、非常に優秀だし、非常に忙しくしている。いそがしいなら人手が足りないのは当たり前だと思ったら、需要よりも供給の方が多い世界ということで、ふーんそうなんだと思った。
基本的に考えて、大学卒業した人も就職先がないのだから、司法試験に合格しても就職先がないのは良くわかる。
で、日本のリーガルサービスなのだが、僕はアメリカにいたときにここまで弁護士の仕事なんだぁと思うことがたくさんあった。そして概してリーガルサービスは高かった。
安いところもあるかもしれないけど、多分価格は統一されているんじゃないか?と思う。
日本のリーガルサービスについても、お医者さんと同じように価格統制すれば、それなりに雇用を吸収できるのではないかと思う。
で、議題の司法修習生への給付なのだが、僕は給付は与えるべきであると思う。
弁護士や法曹の仕事に就くには、特殊なバーを与えているのだから、それなりの報酬というか役得はないといけない。当然民間にでる人間も多いのだが、検察や裁判官などにはもっと需要があるんではないかと思う。
裁判には時間がかかるのが日本であるが、もっと裁判が早く行われるようになったら、どんなことになるのであろうか?裁判が長期化することによって存在する損失と、qualityを落とすことなく短期に行うことができるようになるとどういうメリットが存在するのかを戦略的に考えるべきだと思う。
裁判所の裁判官が現在の裁判制度にどういう改革をもたらそうかといっているのか分からないが、このくらいの吸収余力はあってしかるべきだと思う。
裁判というボトルネックがあるから、日本のリーガルサービスが停止している部分がある。
国が目指すべきアウトプットは、紛争の数を減らすことももちろんだが、紛争が時間という資産を削ることなく解決されるというのも重要なアウトプットだと思う。だからこそ、弁護士の数も裁判官の数も増やしたいという議論ではなかったのか?
司法試験の制度そのものが変わった時、当然にひずみもでる。もしかしたら、法曹の人間の質の劣化によって不幸な結果が生まれる可能性もある。しかし、だからこそ、再審制度が存在しているし、早く決まることで別の手を打てる。
現在は、早く判決が出ないから最後の最後の手段として裁判があるが、実際はそんな紛争は早く解決して、次のステップに踏み出したいものだと思うのだが、どうなんだろうか?
だから、法曹の人間は増やすという国家意思を示したのだから、国家の意思として優秀な人を育てるのだ、だから給付するのだ。それによって日本はより住みやすい国になるのだ。そういうメッセージをもっと政治は発するべきだと思う。
高々100億の予算のために、ここまで紛糾する国はないだろう。
そして司法試験を突破して、社会に出た皆さんの中で、就職難で職がない人もいると聞いた、ここはチャンスだとおもう。制度の矛盾や社会の構造の変化の真っただ中にいるのである。
今後は弁護士といえども、身分や職が保証されているのではない。それに加え、弁護士の資格を取ったのは何かその資格があることで役に立つ目標値があったからだ、資格取得が目標値ではないし、資格だけで尊敬される人はいない。
世の中はそういう状況になっている。その資格を生かすも殺すも、本人の貢献の度合いでしかない。
既存の弁護士とは違う、生き方を迫られているのであるからこそ、弁護士としての特色を出せる可能性があるのだ。
そういう意味では、サラリーマンも、ビジネスマンも同じだ。
次の職探しのために、再び人材会社を回り始めた。
本日は、ヘッドハンティングの会社としては日本で一番大きいと自負していた会社に行ってきた。子会社にSEO等のウェブサービスを提供する会社がある奇妙な感じ。
全国各地の上場、未上場を問わず会社を開拓しまくっている会社らしい。
担当者は元外資保険会社の法人営業マンたまたまこの会社に保険を売りつけようということでいって、そのままミイラがミイラ取りになってしまった例らしい。
しかし、ここの創業者は非常に魅力的で一発で決めたというから、そういう魅力的な人なんだろうと思う。
さて、営業会社の典型な感じで、経常利益100億円!なる標語があり、元気いっぱい。
外出する人がいれば、「いってらっしゃい」とオフィスから声があがる。
しかしさ、一応人材紹介の会社なんだから、キャンディデートの話しが丸聞こえはまずいだろうと非常に不安を感じた。。。
それにヘッドハンティング業界はトータルの市場ボリュームで300億しかないんだぜ、それを100億って大丈夫か?と突っ込みたくなった。
そんな不安な中での面談。
そこで、紹介されたのが北関東の企業の話し。
この会社は小売業をやっている会社であるが、売上500億という感じで、県内全域で展開。県民にはおなじみのお店となっている。
ここの3代目の社長が経営企画部員をほしいということらしい。
了解。
で、経営企画がほしい経緯を聞いてみると、、、、、
経営には夢があるらしい。県内から大きくはみ出すことは考えていない。
人材の採用には積極的で、院卒、大卒も積極的にとっている。しかし、、、、人材がいないと嘆いている。
業績を聞いてみれば、悪くはない。500億もあると企業としても大きいので、もっと近代的な組織体制へ持っていきたいとのことだった。
うーん。近代的といってもそんなにITで全部が瞬時に分かるなんて会社はどこにもないし、何をもって近代的なのかピンとこなかった。
現社長は最近社長に昇格したらしく、会長、副会長には同姓の方の名前が連なっていた。
新規事業を積極的に仕掛けたいのか?
現在困っていることを解決したいのか?
通常、人材採用の理由はこの2つだが、何に不満があるのか良くわからない。
そして、なんでそれが僕なんだということが余計に分からない。
経営企画の内容は会社によって違うのだが、能力と仕事のマッチングやどうですか?と聞かれても何も言いようがない。
ということで、結局この会社は何がしたいんですかね?
というのが僕の返答で、情報が整っていないものですみませんと担当者はいう。
この人材会社は何を考えて、仕事してんのかな?と思った。情報が足りなすぎるし、企業向けに採用コンサルとかやってるんだったら、もう少し企業の問題点を掘り下げてこいよ。とすごく思った。
ただ、素地はあるからこの会社はもっともっとよくなるはずだと直感的に思った。自分がこの会社の社長ならもっと管理職教育をする。
ナレッジも共有する。
それだけで、受注確率は格段に上がるなんてことを思った。
人材会社のくせして自社内人材の教育の仕方を知らんようで、なかなかおもしろかった。
これだけの情報では何とも判断しにくい。加えて、これだけの情報だと。最近、禅譲があった社長のエゴで、先代社長の取り巻きがいっぱいいる中でやりにくい。もっと自分にあった組織体制を作り、会社を成長させた3代目としての名誉がほしいように感じた。
僕にも悪い印象が与えられたし、その会社にとっても不名誉な言い回しはどうかと思う。
ただ、そういう創業一族の確執のようなものも、良く目にすることである。
僕の友人の3代目社長候補だった人。。。この人は結局、継承競争に負け、株も一族の社長に譲り、会社から飛び出した。自分が取締役をしていた会社の執行に対して、利益相反等で、訴えられ、現在係争中。「あんな会社潰れちまえ」と憎しみにも似た感情があるみたい。
家族親族とは難しいものだ。
本日は、ヘッドハンティングの会社としては日本で一番大きいと自負していた会社に行ってきた。子会社にSEO等のウェブサービスを提供する会社がある奇妙な感じ。
全国各地の上場、未上場を問わず会社を開拓しまくっている会社らしい。
担当者は元外資保険会社の法人営業マンたまたまこの会社に保険を売りつけようということでいって、そのままミイラがミイラ取りになってしまった例らしい。
しかし、ここの創業者は非常に魅力的で一発で決めたというから、そういう魅力的な人なんだろうと思う。
さて、営業会社の典型な感じで、経常利益100億円!なる標語があり、元気いっぱい。
外出する人がいれば、「いってらっしゃい」とオフィスから声があがる。
しかしさ、一応人材紹介の会社なんだから、キャンディデートの話しが丸聞こえはまずいだろうと非常に不安を感じた。。。
それにヘッドハンティング業界はトータルの市場ボリュームで300億しかないんだぜ、それを100億って大丈夫か?と突っ込みたくなった。
そんな不安な中での面談。
そこで、紹介されたのが北関東の企業の話し。
この会社は小売業をやっている会社であるが、売上500億という感じで、県内全域で展開。県民にはおなじみのお店となっている。
ここの3代目の社長が経営企画部員をほしいということらしい。
了解。
で、経営企画がほしい経緯を聞いてみると、、、、、
経営には夢があるらしい。県内から大きくはみ出すことは考えていない。
人材の採用には積極的で、院卒、大卒も積極的にとっている。しかし、、、、人材がいないと嘆いている。
業績を聞いてみれば、悪くはない。500億もあると企業としても大きいので、もっと近代的な組織体制へ持っていきたいとのことだった。
うーん。近代的といってもそんなにITで全部が瞬時に分かるなんて会社はどこにもないし、何をもって近代的なのかピンとこなかった。
現社長は最近社長に昇格したらしく、会長、副会長には同姓の方の名前が連なっていた。
新規事業を積極的に仕掛けたいのか?
現在困っていることを解決したいのか?
通常、人材採用の理由はこの2つだが、何に不満があるのか良くわからない。
そして、なんでそれが僕なんだということが余計に分からない。
経営企画の内容は会社によって違うのだが、能力と仕事のマッチングやどうですか?と聞かれても何も言いようがない。
ということで、結局この会社は何がしたいんですかね?
というのが僕の返答で、情報が整っていないものですみませんと担当者はいう。
この人材会社は何を考えて、仕事してんのかな?と思った。情報が足りなすぎるし、企業向けに採用コンサルとかやってるんだったら、もう少し企業の問題点を掘り下げてこいよ。とすごく思った。
ただ、素地はあるからこの会社はもっともっとよくなるはずだと直感的に思った。自分がこの会社の社長ならもっと管理職教育をする。
ナレッジも共有する。
それだけで、受注確率は格段に上がるなんてことを思った。
人材会社のくせして自社内人材の教育の仕方を知らんようで、なかなかおもしろかった。
これだけの情報では何とも判断しにくい。加えて、これだけの情報だと。最近、禅譲があった社長のエゴで、先代社長の取り巻きがいっぱいいる中でやりにくい。もっと自分にあった組織体制を作り、会社を成長させた3代目としての名誉がほしいように感じた。
僕にも悪い印象が与えられたし、その会社にとっても不名誉な言い回しはどうかと思う。
ただ、そういう創業一族の確執のようなものも、良く目にすることである。
僕の友人の3代目社長候補だった人。。。この人は結局、継承競争に負け、株も一族の社長に譲り、会社から飛び出した。自分が取締役をしていた会社の執行に対して、利益相反等で、訴えられ、現在係争中。「あんな会社潰れちまえ」と憎しみにも似た感情があるみたい。
家族親族とは難しいものだ。
昨今、大学卒業から3年間は 「新卒」扱いにすればいいという法案が話題になっていたが、こんなもの僕は3年とか、5年とか関係ないと思っている。
5年やってもダメなやつは駄目で、如何に職業体験をさせるかだと思う。
企業の採用側に回った時にも、年寄りでも若者でもできるやつはほしいし、要らんやつは要らん。極論すればそこまでだと思う。
で、逆にアメリカのようにレジュメには、ジェンダーや出自や年齢などを書かず、職務経歴ベースで採用を活動することを義務づける方が効果的ではないかと思う。アファーマティブアクションまで行くとちょっとやりすぎな感じはするが、無知のベールの中に今までの情報を入れてしまうとその人間の力を如何に見るかという眼力がそなわる。
これは企業にとってもメリットがある。企業にとってほしいのは能力だが(人数の場合もあるが、成長戦略上有意義な人数をはじいているのはすくない、逆にその企業がそんなに人数取れ ない場合は、所詮はその環境においてはGOODサイズなのだ)、いろんな足切り条件があると人事担当者の評価につながる可能性が高い。つまり、「適合する人はXX人でした。そのうち○○人が入社しました。」あほかと、人事の成功は早くても1年後にしか出ない。上記のような形式要件の評価基準を作ってしまう。
逆に、今回僕が提唱するようなシステムにすれば、企業は年齢に関係のない給与体系を作れる上に、採用というものの経験値が積める。
どうかな?
5年やってもダメなやつは駄目で、如何に職業体験をさせるかだと思う。
企業の採用側に回った時にも、年寄りでも若者でもできるやつはほしいし、要らんやつは要らん。極論すればそこまでだと思う。
で、逆にアメリカのようにレジュメには、ジェンダーや出自や年齢などを書かず、職務経歴ベースで採用を活動することを義務づける方が効果的ではないかと思う。アファーマティブアクションまで行くとちょっとやりすぎな感じはするが、無知のベールの中に今までの情報を入れてしまうとその人間の力を如何に見るかという眼力がそなわる。
これは企業にとってもメリットがある。企業にとってほしいのは能力だが(人数の場合もあるが、成長戦略上有意義な人数をはじいているのはすくない、逆にその企業がそんなに人数取れ ない場合は、所詮はその環境においてはGOODサイズなのだ)、いろんな足切り条件があると人事担当者の評価につながる可能性が高い。つまり、「適合する人はXX人でした。そのうち○○人が入社しました。」あほかと、人事の成功は早くても1年後にしか出ない。上記のような形式要件の評価基準を作ってしまう。
逆に、今回僕が提唱するようなシステムにすれば、企業は年齢に関係のない給与体系を作れる上に、採用というものの経験値が積める。
どうかな?
人材の募集が出てきたという記事を良く見かける。
これはいまだに不況だが、前よりましという水準のお話しだと自分自身は実感している。
特に営業系では常に人材募集はある。しかし、転職希望者と需要とでは圧倒的に供給が多い。特にどこの企業も業績不振で人事制度などに手をつけた経験があるので、給与がなかなか上がりにくい状況になっている。特に新興の業種は、成果主義をうたいその時に大量採用したがゆえにボーナスでの報いが多い現状であることを考えると、現在の職種に不満を持ちながらも、なかなか踏み切れず、次の採用が決まってから、、、、と考える人が多く、潜在的な転職希望者は非常に多い。
先日、某IT系大手企業の人間と話をしていたが、会社には不満だらけになっている。この会社も急成長時代が有、そこで中途で採用した人々が多い。中途が悪いというわけではないが急成長して大きくなるとどうしても陳腐な企業文化というか、社員の企業に対するロイヤリティは低くならざるを得ない。とにかく成長を支えるべく人手がほしく、適切な人がバスに乗ったかというと必ずしもそうではなく、中には不適切な人も会社には入ってきたわけで、企業の中ではいつでも条件次第で動くような傭兵(と自負していればまだましがだ、寄生虫もいる。)になってしまうケースが多く、常に虎視眈々と転職(というかいい条件)を目論む人がいる。
以上のような会社が確かにあり、いわゆる転職市場や人材紹介市場をリードしてきたプレイヤー(企業も、転職者)も上記のような急激な成長に踊らされた職種に固まりがちであることは間違いない。
以上の前提の中で、企業には適切な成長というものがある。
そしてその成長には当然に人間としての限界があると自分は思っている。つまり、どんなに頑張っても人間は100メートルを5秒で走ることはできないし、泳ぐにしても同様だ。
組織としても気の成長スピードには限界があり、高い木もそこにはおのずと有限の世界の中で有限な成長の限界もある。資源がなければ成長もできず、そういう意味では生態系の中に各企業がいると考えると分かりやすい。
限界値はどこで規定されるかというと、それはそこにいる人々の限界なのだ。能力というものは計りにくいが、能力x人数で会社の力は決まる。個人の能力を計る指標がないから、無視する。これも戦略の一つとして間違っていない。正しいか正しくないかは、会社の存在意義屋目標値によって変わるが、最低限の生存条件して「利益を上げる」この点に関しては合格する可能性は高い。
会社の業績など相対評価でしかないのだから、なおさら、個人能力も企業業績も相対的。加えて人間の能力とは絶対値であり、プラスに働くか、マイナスに働くかはこれまた触媒である管理職の力量による。しかし、零の能力の人間はこの世にはいない。その絶対値を伸ばすことはだれにでもできるそれを伸ばせるかも環境や経験による部分が大きい。
さて、企業の中では当然に財を扱う財務という部門があるが、彼らはキャッシュを中心とし、資産と負債のバランス、資産ポートフォリオ、負債ポートフォリオのバランスを戦略目標に向かって適合していくことが彼らの仕事になる。キャッシュを持つべき時に持ち、在庫を積み増す時には積み増すのだ。
それと同様に人事に関しても戦略目標に向けたポートフォリオが存在する。戦略目標によっては攻めの人材が、時には守りの人材が、不満を言わずに作業だけをこなす部隊が、、というように同様に存在するのであるが、こういうことを考えるのが人事部門であるんじゃないの?と僕はこの転職市場にお世話になるに従ってその思いを強めるようになった。
しかし、今現在人事など採用の書類手続きや労基署への対応をするプロはいても、そんな人事戦略なんて考えるやつはいないし、いる必要もないと、とある先生は仰ってくれた。先生といっても所詮は会計士なのだが、、、
彼曰く、採用のYES NOはラインの長が決めるべきで、人事などその事務処理を行えばいいのだ。。。
そうなら、アウトソースできるね。でも、それはやっぱり会計士のチームなのだろうと思う。
彼は、業界の中では最もレピュテーションの高い監査法人にいるが、その監査法人にいることのメリットは全くないと言い切る。今のチームのままどこかに引き抜かれてしまえば、それまで、頑張りますで仕事はやっていけるとのこと。
これは上記でいう、傭兵の気質があるからだろう。組織に対するロイヤリティがないから監査法人そのものが大打撃を食うような個人の失策が起きたりする業界だ。
ともかく、人事に戦略等要らないと喝破され、僕はそんなもんかなぁと思ったが、思い返してみると、僕は高々500人くらいの従業員しか抱えたことはないが、PMIで行くためにほとんどすべての社員とお話しはする。
その中で、人事よりも人事情報の濃さは当時持てるようになる。人事よりも情報を持つのだ、しかもモチベーションに響く情報を持つことができる。そう思うと配置を考えたり、組織図を考えるときに大いに役に立つ。
営業会社のPMIをやるので、特にどういう色のチームがいいのかは、ポンと入ってきても分からないので、比較対象をより作った。
たとえば、①優秀な指揮官とマシーンとしての部下の集まり VS ②個人は有能ではないが責任を持つ指揮官と比較的優秀な部下。うまくいくときもあればうまくいかないこともあるが、成熟産業でストラグルしている場合、②がブレイクスルーを作る確率は高い。
そういう経験則は、人事は組織変更のたびに持てるはずなのだが、なかなか持てないし、関心を持っていない人も多い。
今回の組織変更が成功だったのかどうか?そんなことを検証することをしてもいいと思うのだが、やらないのかな?これができたら相当に市場価値は高くなると思うのだが、、、、、
これはいまだに不況だが、前よりましという水準のお話しだと自分自身は実感している。
特に営業系では常に人材募集はある。しかし、転職希望者と需要とでは圧倒的に供給が多い。特にどこの企業も業績不振で人事制度などに手をつけた経験があるので、給与がなかなか上がりにくい状況になっている。特に新興の業種は、成果主義をうたいその時に大量採用したがゆえにボーナスでの報いが多い現状であることを考えると、現在の職種に不満を持ちながらも、なかなか踏み切れず、次の採用が決まってから、、、、と考える人が多く、潜在的な転職希望者は非常に多い。
先日、某IT系大手企業の人間と話をしていたが、会社には不満だらけになっている。この会社も急成長時代が有、そこで中途で採用した人々が多い。中途が悪いというわけではないが急成長して大きくなるとどうしても陳腐な企業文化というか、社員の企業に対するロイヤリティは低くならざるを得ない。とにかく成長を支えるべく人手がほしく、適切な人がバスに乗ったかというと必ずしもそうではなく、中には不適切な人も会社には入ってきたわけで、企業の中ではいつでも条件次第で動くような傭兵(と自負していればまだましがだ、寄生虫もいる。)になってしまうケースが多く、常に虎視眈々と転職(というかいい条件)を目論む人がいる。
以上のような会社が確かにあり、いわゆる転職市場や人材紹介市場をリードしてきたプレイヤー(企業も、転職者)も上記のような急激な成長に踊らされた職種に固まりがちであることは間違いない。
以上の前提の中で、企業には適切な成長というものがある。
そしてその成長には当然に人間としての限界があると自分は思っている。つまり、どんなに頑張っても人間は100メートルを5秒で走ることはできないし、泳ぐにしても同様だ。
組織としても気の成長スピードには限界があり、高い木もそこにはおのずと有限の世界の中で有限な成長の限界もある。資源がなければ成長もできず、そういう意味では生態系の中に各企業がいると考えると分かりやすい。
限界値はどこで規定されるかというと、それはそこにいる人々の限界なのだ。能力というものは計りにくいが、能力x人数で会社の力は決まる。個人の能力を計る指標がないから、無視する。これも戦略の一つとして間違っていない。正しいか正しくないかは、会社の存在意義屋目標値によって変わるが、最低限の生存条件して「利益を上げる」この点に関しては合格する可能性は高い。
会社の業績など相対評価でしかないのだから、なおさら、個人能力も企業業績も相対的。加えて人間の能力とは絶対値であり、プラスに働くか、マイナスに働くかはこれまた触媒である管理職の力量による。しかし、零の能力の人間はこの世にはいない。その絶対値を伸ばすことはだれにでもできるそれを伸ばせるかも環境や経験による部分が大きい。
さて、企業の中では当然に財を扱う財務という部門があるが、彼らはキャッシュを中心とし、資産と負債のバランス、資産ポートフォリオ、負債ポートフォリオのバランスを戦略目標に向かって適合していくことが彼らの仕事になる。キャッシュを持つべき時に持ち、在庫を積み増す時には積み増すのだ。
それと同様に人事に関しても戦略目標に向けたポートフォリオが存在する。戦略目標によっては攻めの人材が、時には守りの人材が、不満を言わずに作業だけをこなす部隊が、、というように同様に存在するのであるが、こういうことを考えるのが人事部門であるんじゃないの?と僕はこの転職市場にお世話になるに従ってその思いを強めるようになった。
しかし、今現在人事など採用の書類手続きや労基署への対応をするプロはいても、そんな人事戦略なんて考えるやつはいないし、いる必要もないと、とある先生は仰ってくれた。先生といっても所詮は会計士なのだが、、、
彼曰く、採用のYES NOはラインの長が決めるべきで、人事などその事務処理を行えばいいのだ。。。
そうなら、アウトソースできるね。でも、それはやっぱり会計士のチームなのだろうと思う。
彼は、業界の中では最もレピュテーションの高い監査法人にいるが、その監査法人にいることのメリットは全くないと言い切る。今のチームのままどこかに引き抜かれてしまえば、それまで、頑張りますで仕事はやっていけるとのこと。
これは上記でいう、傭兵の気質があるからだろう。組織に対するロイヤリティがないから監査法人そのものが大打撃を食うような個人の失策が起きたりする業界だ。
ともかく、人事に戦略等要らないと喝破され、僕はそんなもんかなぁと思ったが、思い返してみると、僕は高々500人くらいの従業員しか抱えたことはないが、PMIで行くためにほとんどすべての社員とお話しはする。
その中で、人事よりも人事情報の濃さは当時持てるようになる。人事よりも情報を持つのだ、しかもモチベーションに響く情報を持つことができる。そう思うと配置を考えたり、組織図を考えるときに大いに役に立つ。
営業会社のPMIをやるので、特にどういう色のチームがいいのかは、ポンと入ってきても分からないので、比較対象をより作った。
たとえば、①優秀な指揮官とマシーンとしての部下の集まり VS ②個人は有能ではないが責任を持つ指揮官と比較的優秀な部下。うまくいくときもあればうまくいかないこともあるが、成熟産業でストラグルしている場合、②がブレイクスルーを作る確率は高い。
そういう経験則は、人事は組織変更のたびに持てるはずなのだが、なかなか持てないし、関心を持っていない人も多い。
今回の組織変更が成功だったのかどうか?そんなことを検証することをしてもいいと思うのだが、やらないのかな?これができたら相当に市場価値は高くなると思うのだが、、、、、
もっとも美しい数学 ゲーム理論 (文春文庫)/トム ジーグフリード
この本は面白い。
しかし、ちょっと難しい。この手の科学本は非常に好きで、サイモン・シンの暗号解読とフェルマーの最終定理の本は本当にもう止まらなかった。
ゲーム理論に関しては、一応の学習はしたものの、実際にビジネスにおいて使用したことはない。
実際のビジネスで使用するのは、基本的には四則演算ぐらいだ。
しかし、こういう科学本で役に立つのは考え方。
たとえば、クラウゼビッツの戦略論が役に立つなぁと思った昔の自分がいたけど、それ以上に役立つなぁというのが、生物学の「徳の起源」
なるほどなぁとおもった。
しかるに今回の本。ゲーム理論なのだが、結構難しい。だから、後半はなかなか進まなかった。
僕がぶっちゃけて、この本から教訓を引き出し、ビジネスに結びつけるとしたら、絶対確実な戦略などなくて、常に混合戦略が必要。つまり、あいての出方によって変わっていかなければいけない。
変わることによって当然に、相手も戦略を変えていくので、それにまた追いついていかなければいけない。
それは、分子の振る舞いは個々としては、予測不可能だか、予測不可能な動きは各分子としての戦略なのである。しかし、分子の集合体である気体や液体は全体として秩序を保つ。
生命が進化してきたのも戦略を常に変更し、環境に適応してきたから。
ビジネス、これも現在進化し続けているさなかであり、情報のスピードが高まっている現在においてはより抽象度の高いところで人間の勘で勝負するか、公開情報の中で高速計算によって出し抜くかでしか儲からない、そんな感じ。
この本は面白い。
しかし、ちょっと難しい。この手の科学本は非常に好きで、サイモン・シンの暗号解読とフェルマーの最終定理の本は本当にもう止まらなかった。
- フェルマーの最終定理 (新潮文庫)/サイモン シン
- ¥820
- Amazon.co.jp
- 暗号解読〈上〉 (新潮文庫)/サイモン シン
- ¥620
- Amazon.co.jp
ゲーム理論に関しては、一応の学習はしたものの、実際にビジネスにおいて使用したことはない。
実際のビジネスで使用するのは、基本的には四則演算ぐらいだ。
しかし、こういう科学本で役に立つのは考え方。
たとえば、クラウゼビッツの戦略論が役に立つなぁと思った昔の自分がいたけど、それ以上に役立つなぁというのが、生物学の「徳の起源」
- 徳の起源―他人をおもいやる遺伝子/マット リドレー
- ¥2,625
- Amazon.co.jp
なるほどなぁとおもった。
しかるに今回の本。ゲーム理論なのだが、結構難しい。だから、後半はなかなか進まなかった。
僕がぶっちゃけて、この本から教訓を引き出し、ビジネスに結びつけるとしたら、絶対確実な戦略などなくて、常に混合戦略が必要。つまり、あいての出方によって変わっていかなければいけない。
変わることによって当然に、相手も戦略を変えていくので、それにまた追いついていかなければいけない。
それは、分子の振る舞いは個々としては、予測不可能だか、予測不可能な動きは各分子としての戦略なのである。しかし、分子の集合体である気体や液体は全体として秩序を保つ。
生命が進化してきたのも戦略を常に変更し、環境に適応してきたから。
ビジネス、これも現在進化し続けているさなかであり、情報のスピードが高まっている現在においてはより抽象度の高いところで人間の勘で勝負するか、公開情報の中で高速計算によって出し抜くかでしか儲からない、そんな感じ。
今日のニュースで、一番驚いたのは、西安の学生デモ。
学生たちは、何を憤ってデモをしているのだろうか?諸島が中国にとって重要なのかもしれないが、西安の学生たちがなぜこんな動きになったのか不思議で仕方がない。
また、当日は中国共産党の中で軍事に関する重要会議が行われている中で起こったということに、不安を感じる。
ニュースのコメンテーターの一人は、中国国内でデモがこの会議と同じタイミングで起こったことに「中国政府があわてたはずだ」とのコメントがあるが、これは全くの逆だろう。
ネットで募集を掛け、発生したデモだということで、ここまで検閲をやっている中国が知らないはずがない。
むしろ、この動きを黙認するという政府の判断があるということだろう。
前回の政府としての日本に対する報復で、中国は大きな失敗をした。それは国際関係の中における、中国のポジション。中国という国の品位にかかわる問題で、さすがに、米国もノルウェーも助け船を出した。中身は、「おまえら、ちょっとやりすぎじゃないのか?」、「大国だけに、大国としての責任を持ってくれ」という言外でのメッセージだ。
それを証拠に、米国は元安に対する対抗措置を考え、現実のものとなろうとしている。
このタイミングでのデモだ。
日本に対する攻撃姿勢を政府として積極的に表現するのは、適切ではないが。民主主義らしい形式=デモ等の表現の自由を行使し、その行為を通じて、「国民は怒っているんだ」「中国政府はもっとやるべきだ」というメッセージを流して、政府としては、「人民の感情を代弁した。しかし、政府高官として(=大人として)、前回の措置をとった」といういいわけを流しているにすぎない。
現実に、日本料理店や日本の小売店などが被害にあっているようだ。
しかし、これは犯罪なのだ。中国として、犯罪を放置する国に、どうして出店や投資をしたいと思うのか?
中国のカントリーリスクをやはり、改めてさらしたという意味で、これまた中国の失敗だと思う。
ノーベル賞もしかり、この国との付き合い方はもっと考えなければいけないし、日本としては企業の動きがある中で、国益を如何に高め、被害を最小限にとどめるかを考えなければいけない段階にあると思う。
学生たちは、何を憤ってデモをしているのだろうか?諸島が中国にとって重要なのかもしれないが、西安の学生たちがなぜこんな動きになったのか不思議で仕方がない。
また、当日は中国共産党の中で軍事に関する重要会議が行われている中で起こったということに、不安を感じる。
ニュースのコメンテーターの一人は、中国国内でデモがこの会議と同じタイミングで起こったことに「中国政府があわてたはずだ」とのコメントがあるが、これは全くの逆だろう。
ネットで募集を掛け、発生したデモだということで、ここまで検閲をやっている中国が知らないはずがない。
むしろ、この動きを黙認するという政府の判断があるということだろう。
前回の政府としての日本に対する報復で、中国は大きな失敗をした。それは国際関係の中における、中国のポジション。中国という国の品位にかかわる問題で、さすがに、米国もノルウェーも助け船を出した。中身は、「おまえら、ちょっとやりすぎじゃないのか?」、「大国だけに、大国としての責任を持ってくれ」という言外でのメッセージだ。
それを証拠に、米国は元安に対する対抗措置を考え、現実のものとなろうとしている。
このタイミングでのデモだ。
日本に対する攻撃姿勢を政府として積極的に表現するのは、適切ではないが。民主主義らしい形式=デモ等の表現の自由を行使し、その行為を通じて、「国民は怒っているんだ」「中国政府はもっとやるべきだ」というメッセージを流して、政府としては、「人民の感情を代弁した。しかし、政府高官として(=大人として)、前回の措置をとった」といういいわけを流しているにすぎない。
現実に、日本料理店や日本の小売店などが被害にあっているようだ。
しかし、これは犯罪なのだ。中国として、犯罪を放置する国に、どうして出店や投資をしたいと思うのか?
中国のカントリーリスクをやはり、改めてさらしたという意味で、これまた中国の失敗だと思う。
ノーベル賞もしかり、この国との付き合い方はもっと考えなければいけないし、日本としては企業の動きがある中で、国益を如何に高め、被害を最小限にとどめるかを考えなければいけない段階にあると思う。

