80年目のこの日を迎えて思うこと | スパークル ジャーニー

スパークル ジャーニー

人生は『きらめき続ける旅』。自由・気ままに、思った事を書き綴ります。
大好きなミュージシャンの曲名でもあります。

人類史上初となる原子爆弾投下からちょうど80年の節目を迎えた

仕事中ではあったが、午前8時15分に黙祷し、犠牲となられた方のご冥福を改めてお祈りさせてもらった。

 

先月、「平和教育」というブログを書いた。

ここには、私個人の赤裸々な本音を綴った。

それが今の時代に合うかどうか、世間と合うかどうか、マスゴミ報道と乖離しているかどうか…等は関係ない。

自分でさまざまな本や資料に目を通し、目に見えないモノにまで思いを馳せ、昭和20年8月6日の悲劇がなぜ起こったのかをあらゆる視点から考えた時、途方もない怒りと悲しみが湧いてきたからだ。

 

マスゴミ報道はあらゆる角度からの情報提供を放棄し、一方向的な視点からの情報のみを流し続けている。

被害の状況や体験者の壮絶な体験・悲惨な経験のみを伝え、だから「戦争をしてはいけない」「核兵器はいけない」という意見に集約させようとする。

これだと、即思考停止に陥ってしまう。

 

戦争はいけない。

これは子供にもわかる事だ。

左嫌いの私ですら、本心からそう願っている。

戦争などなく、平和な方が良いに決まっている。

 

ただ不思議なのは、どの局のマスゴミ報道にも「(日本は)戦争をしてはいけない」という意味合いが含まれている点だ。

同様に、「(日本は)核兵器を持ってはいけない」というニュアンスなのだ。

もちろん、日本から戦争を仕掛けるなど言語道断。

核兵器も(出来る限り)持つべきではない、と私も思っている。

 

しかし、今は昭和初期ではない。

大東亜戦争後、占領軍によって作られた憲法で雁字搦めにされ、戦争どころか自国を護る戦いすら出来なくなっている我が国に対して「戦争をしてはいけない」というのは、完全に的外れであろう。

 

日本人は温和な島国で育ち、基本的に平和を好む人種である。

誰が好き好んで己の領土拡大や利権獲得のために、人殺しをしたいと思うだろうか。

そんな思考を持つのは、WASPや漢民族など、度重なる戦争によって領土や利権を獲得してきた大陸由来の民族だけである。

 

日本原水爆被害者団体協議会がノーベル平和賞を受賞した。

それは結構な事だ。

(ただし、私個人的には「ノーベル平和賞ほどイデオロギーに塗れたいかがわしい賞はない」と思っている)

そこまで認められたのであれば、自らの主張を自国内で述べるのではなく、例えばニューヨーク、北京、モスクワ、キーウ、テルアビブ、テヘラン、ピョンヤンなどに出向き、力強く「戦争をしてはいけない」「核兵器を持ってはいけない」と盛大に主張してもらいたい。

今実際に核兵器を持っている大国、今実際に戦争や紛争を行っている国に何度も出向き、核廃絶を訴えるのが全人類にとって最良最善の手段であろう。

安全な日本国内にいて、「戦争をしてはいけない」「核兵器を持ってはいけない」と何度も主張したところで、核保有国のリーダーの耳にはいっさい入らない。

 

 

私が原爆の事を考える時に最も大切にしているのは、昭和20年8月6日に現地で被爆された人(爆弾を落とされた人)の立場・心情に立って考えるという事である。

一瞬で焼失した人、大きな火傷を負い地獄の苦しみを感じながら亡くなっていった人、建物の下敷きになり生きたまま焼かれた人、異常なまでの喉の渇きにおそわれ黒い雨を飲んで亡くなられた人…

想像するだけで、言葉を失うほどの痛ましい気持ちになる。

 

 

何が起こったんか?

何でこんな苦しい思いをしないといけないのか!

私らが何かしたんか!

 

アメリカの新型爆弾?

シナも横暴だったけど、鬼畜米英いうのはやっぱり本当だったんやな!

 

ふざけるなよ!

この仇を必ず取ってくれ!

鬼畜米英からこの国を護りきって、未来永劫、栄える日本國を築いていってくれ!

 

 

私にはそういった言葉が浮かんでくる。

 

 

「日本も戦争で外国人をたくさん殺してきたんだから、私らが原爆落とされてもしょうがない」

そんな風に思った人は、おそらく一人もいなかっただろう

 

「アメリカ兵100万人の命を救うためには、このくらいの犠牲は仕方なかった」

百歩譲って、それは当時のアメリカ人が苦し紛れに言う良い訳ならわかるが、日本人でそれを唱えるのは鬼畜米英の回し者か、WGIPに完全に洗脳された人だけだ。

 

 

原子爆弾を投下する際、当時の米国軍人トップの大多数の意見は「反対」だったそうだ。

理由は「日本の敗戦は確定的。降伏間近なので、原子爆弾を落とす必要などない」というものだった。

 

 

しかし、現実には投下されてしまった。

ここには、当時の連合国の恐ろしい企みが存在する。

 

それに関しては長くなるので、ここでは割愛するが、興味があるなら一度調べてみてほしい。

「オレンジ計画」とは何だったのか?

腐りきった地上波で池上何某氏が宣う「ポツダム宣言を拒否したから」という嘘八百が霞むほどの恐ろしい内容が垣間見える。

日本人としては許しがたい内容だが、紛れもない歴史の1ページとして検証しておいて損はないだろう。

 

大東亜戦争(太平洋戦争)ではなく、その前の日清・日露戦争の頃から一つ一つ順を追って学んでいかないと、正確な状況把握にならない。

また、その視点を欠いた平和教育など全く意味がない。

誰かが意図的に作った一方向からの情報だけを鵜呑みにして「戦争はいけない」「平和を大切にしたい」という気持ちだけで平和が守れるなら、世界中がとっくに平和になっている。

そのような平坦な思考では想像もつかない世界の闇が存在していて、ここが一番怖い話なのだが、自国の利益最優先のためには何でもする非道な存在がいるのである

 

 

そもそも、戦争はなぜ起こるのか?

根源的な質問だが、ここから考えていく事が戦争の本質を見抜くカギになる。

 

 

大東亜戦争が終わって、日本は戦前とは全く違う国になった。

日本古来の伝統的価値観を捨て、自虐史観に染まり、あの戦争はすべて日本が悪かった…と、いつまでも頭を下げる情けない国になった。

 

あの原子爆弾で被爆された方は80年後の日本がこのような国になっている事をどう見ているのだろう。

私は「情けない国になった」と呆れられているような気がして仕方がない。

彼らの仇を打つのは難しいが、せめて胸を張って「日本が好きだ」と言える日本國をつくっていく事、未来永劫栄えていく日本國をつくっていく事は、今の私たちなら出来ると思うのだ。

 

そのために大切なのは、平坦な思考に留まらず、常にあらゆる方向から物事を考えていく事である。

誰に何を言われても、ブレずに学んでいく心の強さを持つ事である。

自分の意見をしっかり持ち、他人と建設的な議論を交わして思考を深め・高めていく事である。

自分一人のために生きず、他人を尊重し、公共心を大切にする事である。

 

そして、

ただのお人よしにならない事である。

 

 

マスゴミはよく「あの教訓を生かして…」と宣う。

しかし、彼らが垂れ流す偏向報道から生かせる教訓など何一つない。

 

新型コロナとは何だったのか。

米の価格が爆発的に上がった根本的な原因は何だったのか。

 

そんな事すらきちんと報道・検証すら出来ていない報道機関が「教訓」などという大風呂敷を掲げるのはそろそろやめていただきたい。

どこのマスゴミも共同通信のニュースを流すだけで、独自取材はせず、日々、平坦な報道に終始している。

「腐りきったオールドメディアから学ぶ事は何一つない」

ここをしっかりと認識し、何事も、個々に学びを重ねていくしかなさそうである。

 

 

世界の歴史を振り返って見れば、戦争の繰り返しだ。

皮肉なものだが、平和とは戦争と戦争の間を言うのである。

 

TVか何かで「今を戦前にさせない」というキャッチコピーを聞いたような気がするが、今は紛れもなく「戦前」なのだ。

言っておくが、武力で戦うだけが戦争ではない。

10年以上前、「超限戦」という言葉が使われた事があったが、まさに今、それが粛々と行われているのが、我が国・日本國なのである。

 

 

3発目の核爆弾を落とされないようにするためには、どうすれば良いか?

 

それと並行して、マスゴミが誘導する精神的侵略(洗脳)やサイレントインベージョン(静かな侵略)にも十分配慮しなければならない。

 

しかし、このような悲惨な状況の我が国であるにも関わらず、この国のトップは…

「スパイ防止法など必要ない」と述べている。

 

情けない事である。

中曽根総理の頃、「この国はスパイ天国だ」という発言があったが、今の総理にはその認識はまるでないらしい。

 

一般国民の感覚の方がしっかりしている。

何か変な国になったよね?

何か暮らしにくくなったよね?

こう感じている国民の意見はマスゴミには反映されない。

 

 

そもそも、世論とはマスゴミが作り上げるもの。

(どこの誰からどのような意見がが出たとか、一切情報提供しないからな。これほど信憑性がないものはない。信じてはならない)

先日の選挙結果が大方の世論だと思うのだが、そこを完全に無視したマスゴミはもはや民主主義など何とも思っていないのだろう。

今のまま、腐りきった自民党が政権運営している事が我が国の平和への一番の弊害なのかもしれない。