最近、低俗なニュースが増えたなと思う。
問題は、責任ある立場のマスコミがそのようなニュースを傍観者的な立場から煽り立て、自論を述べないことにある。
無責任だ。
自分たちが批判されるのがそんなに怖いのか。
私には自論がある。
これはネットからのコピペではなく、以前から思っていたことだ。
以前の私のブログではこういった内容も割と多かったのだが、最近は時間がないせいもありアップしないままだった。
今回、ちょっとだけぶちまけてみようと思う。
①高校野球の球数制限問題。
②怪我で走れなくなった女性駅伝ランナーが(制止を振り切って)膝歩きで血だらけになりながらタスキをつないだ問題。
これら二つって、何か問題かな?
高校野球の投手が「球数が多いのは将来に響くのでちょっと...」と苦情の声でもあげたのか?
駅伝のランナーが「監督が怖くて...やめたかったけど途中でやめる訳にはいきませんでした」とでも言ったのか?
違うだろう。
どちらも選手自身がやりたくて、自らの強い意志で遂行しただけの話だ。
こういった経験のない評論家やゲストコメンテーター、訳わからない肩書きの学者や経営者なんかがとやかく言う問題ではないのである。
スポーツは真剣勝負だ。
心身を鍛え勝負に挑む姿は「武士道」にも通じる美しいものだ。
絶対に安全で、絶対に怪我しなくて...なんて甘っちょろい環境で出来るスポーツなどない。
そこを言うなら、もういっそのことスポーツ全般やめたらよろしい。
部外者が余計な事を言うのは「That is not your business!!」だという事がどうしてわからないのだろうか。
問題でも何でもない事を不要に煽り立てて問題にする。
それは一生懸命戦っている選手に対する侮辱であると思う。
③ハロウィン問題
これは問題である。
何が問題って、ハロウィンが何かをろくに知りもしないで「ハロウィンって好きなコスプレして、みんなで集まって、騒いで、写真撮って、インスタに<いいね>もらう日だよねー♪」という風に一部の人たちが解釈している事だ。
とんでもない勘違いである。
思わず「ボーッと生きてんじゃねーよ!!!」と言いたくなる。
何が嬉しくて、ゾンビメイクで街を歩くのか?
変身願望!?
そんなに普段の自分から逃避したいのか?
他国の文化を真似る際にはまずそのルーツを学び、尊重する精神が大切だと思う。
そんな気持ちなどさらさらなく、勝手にコスプレする日だと思っている若者(&一部の中年)は一度、ハロウィンの起源を調べてみてほしい。
渋谷というイベント会場と化した(?)街に集い、バカ騒ぎして、写真撮りまくって、ゴミを捨てまくって、中には痴漢や暴行もあり?
世も末だな。
このニュースを観たアメリカ人は一体どう思っているのだろう?
少子高齢化で日本人の平均年齢が跳ね上がっていく中、大多数のテレビ視聴者はこのハロウィンのニュースを半ば呆れた表情で観ているに違いない。
バレンタインやクリスマスには、大切な人を大切に思う気持ちを再認識するという「美」がある。
日本のハロウィンには自己顕示欲という「醜」しかない。
こんな無様なニュースは取り上げなければ良いのに、どこのTV局もこぞって取り上げる。
そして「盛り上がってますねー!!」などと無責任なコメントを垂れ流す。
「来年は止めてほしい」という渋谷区長の切実な発言があったが、ハロウィンビジネスは相当な経済効果があり、もはや止められない段階まで来ているらしい。
だったら変装道具や衣装、パーティグッズを買って各自の家でやれ。
各自の家の中でゴミを散らかすなら他人に迷惑はかかわらない。
最近はSNSが発達しているので、わざわざ渋谷に集わなくても、写真をアップすれば<いいね>なんていくらでももらえるだろ。
好きなことはやればいい。
ただそれは「他人に迷惑をかけない範囲内でやる」というのが本来のまっとうな日本人の思考だったはずなのだが...。
ここまで書いてアレだが、私は変装やコスプレは決して嫌いではない。
でも、もし自分がやるのなら、人目につかないところでこっそりとやる。
美しくないものは他人に見せるべきではないと自覚しているつもりだから。
思った以上に長文になった。
他にも「辺野古移設問題」や「韓国徴用工問題」、「ジャーナリスト自己責任問題」など語りたかったが、これ以上長くなると読む方もしんどいと思うのでここで一旦筆を置く。
またいつか機会があれば。
という事で本日の1曲。
GLIM SPANKYで『怒りをくれよ』(2016年)
最近の邦楽にしては珍しく、骨太なロックである。
最近ロックと銘打って全然ロックじゃない音楽が多い中、彼らの音楽はロックしている。
ボーカルの松尾レミさんがいい。
もうちょっとしゃがれた声だったらジャニス・ジョップリン?になるのだけど、このくらいが丁度いいのかな。
来年はぜひライヴに行ってみたい。