で、結局どうなん? その2昨日と似たような感じです。スゴい、スゴいと世間や周りで言いますが、スゴい基準って何でしょね。たとえば『ミリオンヒット達成!!』音楽業界でスゴいかもしれないけど音楽業界人で無い人や興味無い人からしたらスゴくないんすよね。『〇〇で1億稼ぎました』確かにスゴいかもしれないけど、これも一緒〇〇に興味なければ意味が無い。『ブログアクセス1万達成』スゴいね、スゴすぎて泣けてくるわ。以下、同文興味があるか、関心があるかなどなどで、その価値やら何やらかんやらが決まるんでしょうね。
で、本当のところは・・・?パっと見て気づける事と気づけない事がある。気づいているようで気づいていない事もある。見ないようにしている事もある。ついつい無意識で見てしまうような事もある。不思議ですね。見たいものだけ見れればいいんですけどね。もしくはそういうものだけ見えるようになれば良い。もうね、直球ど真ん中、ストライクだけでも良いと思うのよ。しかしこれも「変化球ばかり」と思い込んで難しくしているのは自分かもしれないのよね。もっと簡単に柔らかい発想力と行動力と観察力とその他いろいろがあればいいよねって話し。10人いて十人十色だからいいのかな~
武士は食わねど何とやら武士は食わねど高楊枝たとえ貧しい境遇にあっても、貧しさを表に出さず気位を高く持って生きるべきだということ。また、やせ我慢することのたとえ。貧しくてもそれを表を出さず気位を高もって生きるべきという部分にはまあ納得やせ我慢することのたとえってのはいま一つピンとこないやせ我慢が美学かもしれへんけど、見栄は張ってもいいんじゃ?そもそも我慢する必要はないかなと。我慢する必要ないとか言いだしたら本来の『食わねど高楊枝』的な部分は損なわれそうな気もする。難しく考えすぎか(´・ω・`)画像は関係は無いけど武士=薄桜鬼なイメージなので・・・