Noach 虹の契約 | 聖書とイェシュアの教え

聖書とイェシュアの教え

イエスはユダヤ教のラビでした。
ではイエスの教えを守って生きるとはどう言う事なのでしょう?
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5分で学ぶ神の律法

 

by Darren N. Huckey


Noach 虹の契約   創世記6:9-11:32 

 

 



 

 ノアとその家族が箱舟から出てきたとき、神は彼らに「生めよ。増えよ。地に満ちよ」とおっしゃいました。また、人間と動物の扱いに関する道徳的な義務も託されました。最後に、 二度と水によって地球を破壊しないことを人類と契約し、その証として虹を創造されました。

そして神は言われました。

 

 さらに神は仰せられました。「わたしとあなたがたとの間に、また、あなたがたとともにいるすべての生き物との間に、代々にわたり永遠にわたしが与えるその契約のしるしは、これである。わたしは雲の中に、わたしの虹を立てる。それが、わたしと地との間の契約のしるしである。わたしが地の上に雲を起こすとき、虹が雲の中に現れる。そのとき、わたしは、わたしとあなたがたとの間、すべての肉なる生き物との間の、わたしの契約を思い起こす。大水は、再び、すべての肉なるものを滅ぼす大洪水となることはない。」(創世記9:12-15)

 

 なので、私たちは空に虹を見るたびに、祝福を唱えます。「契約を覚え、契約に忠実で、御言葉を守られる宇宙の王、私たちの神、主よ、あなたは幸いです。」この契約の印を見るたびに、私たちは、水によって世界を滅ぼすことはないという神のお約束を思い起こします。そのため、多くの人は虹を見ると、神の好意と祝福のしるしとして喜びを感じます。しかし、この虹の本当の意味を理解するためには、虹の概念をもっと詳しく調べる必要があります。

 

 まず、虹は誰のためのしるしなのでしょうか。私たちに対するしるしなのでしょうか、それとも神に対するしるしなのでしょうか。創世記9:14-15には、「わたしが地の上に雲を起こすとき、虹が雲の中に現れる。そのとき、わたしは、わたしとあなたがたとの間、すべての肉なる生き物との間の、わたしの契約を思い起こす」とあります。神は言われます。「わたしの契約を思い起こす。」つまり、神は、ノアの時代のように、神の怒りのすべてを地上に解き放たないために、ご自身と人類との間の一種の安全柵として虹を創造されたのです。ユダヤ教の賢人たちはこのことを理解し、虹の出現は邪悪な世代のしるしであると告げています。虹は、その世代が非難を受けるに値するにもかかわらず、主はご自身の約束を守られ、滅びの水を私たちの上に注ぐことを控えて下さると言うしるしなのです。

 

 ある資料によると、2つの世代はその義のゆえに、虹のしるしを見ることがなかったそうです。それは、ユダの王ヒゼキヤの世代と、ラビ・シモン・バル・ヨカイの世代です。(創世記ラバ35:2)

 

 私たちの世代はどうでしょうか。虹は私たちの世代に多く見られます。私たちは、正しいことが間違いとなり、間違ったことが正しいと言われる世代に生きています。私たちは、神の言葉によって確立された境界線を守らず、道徳的に破綻した文化によって支配されている世代に生きているのです。では、虹を見たとき、私たちはどのように反応すべきなのでしょうか。タルムードにあるように、私たちの心は後悔と悔い改めで満たされるべきなのです。

 

その方の周りにある輝きは、雨の日の雲の間にある虹のようであり、まさに主の栄光の姿のようであった。私はこれを見て、ひれ伏した。(エゼキエル1:28) (b.Berachot 56a)

 

 これは、イシュアが私たちに教えて下さった良い知らせを思い起こさせるものです。「悔い改めなさい。天の御国が近づいたから。」(マタイの福音書 3:2)  ヨシュアの福音は、真の悔い改めによって、私たちが生きている間に天の御国が実現すると言う告示です。真に悔い改めるとはどう言う事なのでしょうか。それは、よく知られているこの一節に示されています。

 

わたしの名で呼ばれているわたしの民が、自らへりくだり、祈りをささげ、わたしの顔を慕い求めてその悪の道から立ち返るなら、私は親しく天から聞いて、彼らの罪を赦し、彼らの地を癒やす。(第二歴代誌 7:14)

 

 虹が見えるか見えないかにかかわらず、私たちの神がこの世代を憐れみ続けてくださり、私たちが生きている間に、神の御国が建国されることを願って、真の悔い改めの務めを果たし続けましょう。

 

 

最後まで読んで頂いてありがとうございます。

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