子供の頃、春蘭の名前を知らずジジババと言っていました。春嵐に苦しんでいる友人を思いながら揚げました。「春嵐をジジババ食ゆむ昼餉なり」春の駄洒落です。利用者から美味しかったとの声はありませんでしたが残された利用者も一人も居られませんでした。けれどもう春の嵐は腹の中。嵐を乗り越えてほしい。
昨日縁あってN翁から福寿と書かれた作品を頂きました。「玄関にでも掛けて下さい。この書は幸せと長寿の意味がありそう願って書きました」「この書体は隷書と言って漢の時代の書体で特に後漢の石碑には美しく完成された隷書が多いのです」と隷書の説明も受けました。全ての利用者の福寿を願い壁に掛けさせて頂きました。N先生ありがとうございました。
桜に囲まれて隣の壁面にも福が展示されています。
私事で恐縮ですが2年前の春、告知を受け翌年の桜までは生きたいと切に願い、運良く優れた医師・看護師に出会う事が出来てその願いは叶いました。そして今年も又桜を見ることが出来ました。去年の春、よれよれの姿で介護現場に復帰し利用者とふれあう楽しさを再確認し、一周二週遅れのランナーを暖かく迎いいれてくれた職員に支えられて居場所も作ることが出来ました。有難く思っています。ここ保和囲邸で一年間後方の位置から拙文を綴りましたがここらで一区切りを致します。拙文を読んで下さった方々に感謝致します。今後は現役の職員がホワイティー日記を綴ってくれることを期待しています。
桜待つ碇草



