当事者でない私達はただ祈る事しかできません
悲しみが少しでも和らぎますように
寂しさが今より深くなりませんように
離れ離れになっているご家族が一日も早く会えますように
今日はその時間レクレーションを一旦中止し
利用者はテレビに合わせて黙祷しました
何も出来ないのはわかっているのですが
8年前の3月12日
何も知らされずに
何一つ非のない人達が
着の身着のまま我が家から立ち退きを強いられて
8年を経た今も尚避難生活を送っている方々がおられます
県外避難者は三万二千六百人
全国各地で居住されています
原発再稼働をする前にすべきことは
山ほどあるだろうに
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水田に雑草が生い茂る荒野が続き
ゴーストタウンと化した飯館村
次の年も次の年も全く変わらない風景
壊れた岸壁と壊れた家ばかり続く浜通り
陸に上がった船 田畑に転がるテトラポット
廃墟の後に色褪せた紫陽花の花
浪江牧場の牛の頭蓋骨と
殺処分反対の立て看板
草むらで測った線量毎時9.83μSv
(追加被ばく線量年間42.74mSv)
小高の家に耐えるように残っていた山吹
軽トラに生えていたペンペン草
放置された幾千本の椎茸原木
「片付けようにも線量が高くて
捨てる所がないのよ」
「この歳ではもう米はつくれねだろうな」
寂しそうにポツリと友の一言
何も出来きませんが忘れてはいけないことが
あるのです
・・・・
