この3月末で最年長のUさんが退職される。長い間介護に尽力され、本当にご苦労様でした。70を越えても一緒に頑張ろうねという約束は2年前にクリアー出来たけれど今まで追っていた背中が無くなるのは寂しい。誰よりも早く出勤して室内換気。シャッターを開けた時の雑巾がけ。今はマニュアル化されていますがお茶とお湯を沸かして保温。台所・調味料の点検。洗濯物の取り入れ。冷暖房の調整。加湿。雨の日の玄関掃除。組織の姉や兄が行うことを長い間背中で教えて頂きました。
その他諸々のことを背中で学びましたが、独居の利用者が入院された時。病気により在宅生活に戻れずに長期療養された時。家族の負担が大きくなって老人ホームに入所された時。友人・知人として定期的に訪問された見返りを求めないボランティア精神は真似したくても出来ませんでした。嗜好を把握されていたので持参された弁当や果物に利用者やご家族は嬉しかったと思います。
小柄で華奢なのに玄米を精米して30キロの米袋を運び込む力が何処から発揮されていたのでしょう。梯子酒ならぬチラシ持参のはしごスーパーをされて特売の時に購入した海老や魚やお肉を冷凍保存する知恵は料理当番に引き継がれました。懇意にされていた苺農家から取り立ての苺をこれでもかという位おやつに提供して頂き利用者(+私)がたくさんの苺を食べられたこと等々忘れません。
食べ物の思い出は尽きません。春には北山の山歩きで収穫したタラの芽とコシアブラの天麩羅を毎年美味しく頂きました。利用者との土筆摘みと料理。山椒の実を摘んで湯通し。冷凍保存した山椒の料理。梅干し、梅ジュース、ゆかりの作り方も利用者と一緒に教えて頂きました。利用者の家族から頂いた大根、白菜、蕪の料理方法と保存方法。秋には頂いた柿の酢の物、干し柿作り。外出時のお弁当も美味しかった。おかずを数えるといつも20種類くらいありました。ケーキとコーヒーが大好きな利用者が多かった時期、宇治植物園の喫茶店によく行きましたね。
特に胃瘻を造設して退院された利用者の食事には学ぶことが沢山ありました。ミキサー食・ムース食を経て極刻み食。刻み食から常食。そして本人が希望する食事へ。胃瘻は閉じられずに残されたままだったけれど注入食を止めて口からの食事が再開出来た利用者を何名も見られたことを嬉しく思っています。職員もすごく頑張ったけれどUさんの影響も大きかったと思います。
「ホワイティーとの縁は大切なので今後もお米は運びますね。」「独居の〇さんだけは心配なので今後もしばらく訪問します」との先日の会話嬉しく思いました。思い起こせば前の職場で係わったお母さまの縁であれからもう長い付き合いになりました。息子さんの開業を手伝いされる話が利用者に伝わればきっと行きたいと言う人が出て一階の職員は直ぐにでも希望を叶えるのでしょうね。
社長も職員も私もよく叱られましたが基準はいつも利用者の立場からの代弁でした。おかげで若いリーダーが大きく育ちました。私達の時代は終わりましたが貴姉の背中に有難うと言わせて下さい。
とある日の外出弁当

