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花は散ったが桜の季節に私と同世代(戦後生まれの団塊の世代)の利用者が二人増えた。この二人大の仲良しになる予感がする。他のデイサービスから移って来られた方とデイサービスを併用しながらの方。見知らぬ場所の利用は頭から爪先まで不安で一杯なのであろう、利用の当初は目の前に職員がいないと直ぐに立ち上がり帰ろうとされるし、「トイレ」に行こうとされるのでスタッフは常時マンツーマンに近い対応を行っている。

 

私は調理をしながら一日30回40回もトイレの傍まで行かれるその様子を観て来た。一人の職員が利用者から離れると直ぐに別の職員がそばに行き、しばらくしてその職員が離れると又別の職員が替わって優しく対応している。スタッフは介護業務をしながらもアンテナは常に新しい利用者に向いておりバトンはないけれど流れるようなリレーを見ているような感じになる。リビングだけでなく調理場からは見えない排泄や入浴の身体介護の場においても同じような対応がなされている。お風呂場やトイレから気になることの声がかかれば風のように傍に添って行くナースとの連携も姿や声で確認できる。

 

スタッフは利用者に不安を無くそうと言葉をかけているがそれは言葉で理解して貰おうと思っている訳ではなく、ただ身振り手振りで親近感と安心感を伝える為に、一生懸命に「ここにいても大丈夫だよ」とオーラを出しながらそれぞれの個性を持って不安の原因を探し出し不安を消そうしている。スタッフがここまで均一に対応できるのはリーダーの力である。私にもう少し若い年齢と体力があったとして、このスタッフのなかで同じようにバトンのないリレーに付いていけるかと自問してみるが自信はない。

 

記憶ができないということは言葉での理解や説得が成り立たないので、五感を駆使して「貴方は大切な人です。そして嫌いなことは致しません」とのオーラを新規の利用者に感じて頂きリピートに繋げることが事業を継続して行く上で大切であるが、利用者にとっても新しい居場所が出来て感覚が刺激されることはとても大切である。これらは新規の利用者だけにすることでなく普段から全ての利用者に同じことが出来ていないと不思議に記憶の出来ない人の鋭い感覚に見透かされるものである。

 

フォークソングのCDが流れた時、新規の利用者が歌詞なしで諳んじて歌っているのを見て同じ時代に生きて来た仲間だと実感する。記憶は時間の近い所から失われて行くが昔の記憶は長く残る。利用者と同時代に生きて来たことだけは今の私の少しの強みになるかも知れない。

 

今日は一グループが今は盛りの山吹の花見。残った人は紙芝居。食器の片づけをしながら紙芝居を聴いた。普段は寝ている人も不思議と集中して聴いている。物語を聴きながら話し手がプロ並みに上達していることに感心した。聴いている内に私も昔の風景を思い出していた。「拍子木が鳴る。自転車の荷台にある紙芝居の台の箱の中にスルメや水飴があり、手に握った五円玉を紙芝居のオジサンに渡して水飴をもらう。小さな2本の割箸でくるくると何度も何度も手を風車のようにまわして水飴を真白にする。そうしていると紙芝居が始まる。水飴は何時食べたのだろうか。覚えているのは黄金バットだけ。」紙芝居を知っていることは今のうっかりさが進むと何時でも利用者の仲間入りが出来るという事だ。

 

 

紙芝居の一つは尾崎紅葉作の「金色夜叉」で寛一とお宮の物語だった。アレッ?先程聴いていたフォークソングの「22歳の別れ」と明治と昭和の時代は違うけれど同じテーマだ。目先の幸せを選んだお宮の続編はあるが、「22歳の別れ」の続編はないままである。急に特定処遇改善加算を思い出した。目先の利益に飛びつくことが悪いことではないが、その続編の物語はきっとあるのだろうな。「大切なものは何か」を問い続けることが介護する者の生き残る術と思いつつ。