アメリカ大統領選挙の投票日、恐れられた騒乱は起きませんでした。少なくとも、まだ今は。

 

しかし、民主主義の表面的な正統性のベールをはいだ、私たちの異なる姿、社会の対立、鬱積する不満、既存の秩序や支配者を引きずりおろしたいという欲求が、アメリカだけでなく、ヨーロッパにも、中東にも、ラテンアメリカにも、インドや韓国、タイなど、アジア諸国や、新時代を期待されたアフリカの諸国にも、深く根を張り、巨大な都市で沸騰し続けていると感じるのは、世界政治を想像する、だれもが共有した経験ではないでしょうか。

 

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イギリスの議会政治は、フランスのような革命や、ドイツのような独裁に頼らず、漸進的で、現実的な妥協を積み重ね、法と社会制度の改革に成功した、と称賛されていました。そういうイメージが広まっていると思います。

 

しかしブレグジットや、その後のボリス・ジョンソンが首相となった数年間の迷走は、これがイギリスというイメージからの逸脱ではなく、むしろ本質なのか? という驚きと恐れを世界に与えました。

 

The Economistの記事( “Bagehot: Mad, bad and dangerous” )は、そうだ、と書いています。1783-1846年のイギリスを扱う the Oxford History of England のタイトルが示すように、イギリス人とは「狂った、性悪の、危険な」人びとである、と。

 

フットボールの国際試合で、各国がイギリスからのフーリガンに特別な警戒態勢を取り、ときには国境を封鎖したことを私は思い出します。まるで、コロナウイルスのように。

 

なぜか? なぜ絶望して、憎しみ合い、紛争・対立し続ける人びとになったのか? 左派によれば、かつて階級政党が担った議会政治はその安定した論争のイデオロギー的基礎を失い、保守派によれば、資本主義が国民的な政治文化を破壊し、大衆とエリートとの乖離を際立たせた。

 

さらに、1冊の本( “Brexitland” )から、2つの視点を紹介しています。政治が階級ではなくアイデンティティーに依拠するとき、対立する集団が経済的な妥協点を見出すことはできなくなり、むしろ対立を過激化する政治家が「勝利」する。いわゆる、「部族主義」の政治です。さらに、メリトクラシー(能力主義)が社会組織の原理として広まった。人びとの地位や富を、その能力で説明し、過度に単純に結びつける。成功しなかった者は、システムに反撃するか、あるいは、自ら絶望する。

 

イギリスの分断の背後には、大学の急拡大がある、と言います。かつて人口の3%だった大学卒業者は、今や6倍にも増えた大学が量産している。人口の半分は大卒者で主要な都市に住み、他の半分は田舎に住んでいる。後者は議会やメディアが彼らの声を代表していない、と感じる。さらに、学校を中退した者は特に社会の周縁に追い込まれ、暴発しやすい。他方、大学教育を受けた者も、多くはだまされたと感じている。大学卒業はエリートへの入場許可証ではないし、債務と「プレカリアート」(不確実で、低賃金)の仕事が待っているだけだ。

 

ボルシェビキやナチが示すように、「過剰な教育と過小な高級職との組み合わせは、政治的な火薬庫である。」

 

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トランプが投票の半数を占める国とは、どんな国なのだろうか? 彼の計算された(?)暴言が刺激し続けたアメリカの分断は、ミシガン州知事の誘拐や庁舎爆破を計画した武装民兵たちとつながっています。

 

過激派を研究する歴史家は、これほど多くの武装集団がアメリカに現れたのをかつて観たことがない、と言います。「コロナウイルスのロックダウンを行った州に広がる怒り、失業の不安、人種的な正義や警察に対する抗議、政党政治の不快な紛糾、長期に及ぶ(ほとんど無視された)海外から戻った多くの退役軍人。」 それは「完璧なパラノイア(偏執症・妄想)の嵐」となっている。

 

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中国とロシアには、また異なる世界政治が広がっている、と実感します。The Economistによれば、「世界的規模の人権危機」が起きています。中国西域では、親を失った孤児たちが増えている。コーランよりも習近平思想を信じるように求め、子供たちに家の中での信仰や祈りについて問い、収容所で100万人規模のイスラム教徒を再教育するから。過激派を抑えるため、と政府は説明する。

 

破綻国家と権威主義、民主主義の関係は、巨大な長期のサイクル、地理的な拡大から崩壊へ、という、「帝国の循環」を想像させます。

 

バイデンのアメリカが、トランプのいないこの国を和解させるより、朝鮮戦争や台湾海峡の危機に立ち向かう意志を問われるかもしれません。

 

投票日前にオクトーバー・サプライズはなかったけれど、トランプの国に住み続ける武装集団が、たった一発の銃弾で、大統領の交代を強いるかもしれない、という恐怖を、アメリカ人は知っているはずです。

 

ブレグジット×トランプの時代 小野塚佳光(著/文) - 萌書房