震災の後、残された家族2人、父と息子が7年間をどうして過ごしたか、NHKが紹介していました。自分の父母と妻、幼い子供を亡くし、お父さんは小さな息子に何とか不自由させないよう、必死に働き、慣れない家事にも努めます。
しかし、たった一人残されたら、どうしたのでしょうか? 父だけ、あるいは、幼い子供だけの日々は、さらに寂しく、悲しく、苦しいものであったと思います。どのような慰めも、補償も、それを回復するものではないでしょう。
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サハラ砂漠より南のアフリカには、まだ多くの未耕作地があり、もしこれが現代の農業技術によって耕作されるとしたら、世界の食糧庫・パン籠になるだろう、というThe Economistの記事に希望を感じます。その未耕作地の広さは、2億ヘクタールです。
なぜ利用しないのか? その多くの土地が、内戦状態の国家に属している、というのが重要な理由です。・・・スーダン、コンゴ民主共和国。また、農耕をするには、伝統的な放牧業者と土地利用の対立が生じます。
政府が土地を、バイオ燃料や輸出用の商品作物を植える外国企業に、大規模に貸し出すこともあります。また、広大な自然公園に指定し、住民たちの利用を制限する場合もあるのです。家畜の飼料用の土地、狩猟用の土地、など、さまざまな用途によって農耕は排除されています。都市の住民が土地を保有するのは、農耕以外の目的で投資し、耕作しません。
もし化学肥料や優れた農機具、耕作機械、など、最新技術を導入すれば、生産性は大きく高まり、農民も豊かになれます。しかし、農業で就労できる人口は大幅に減るでしょう。AIの普及を恐れる富裕な工業諸国と同様の問題です。
FTの記事で、G. Rachmanが、移民・難民問題が解決できなければ、民主主義の将来をポピュリズムや人種差別集団が支配する、と警告しています。アフリカの人口増は、それに対して人口減少と高齢化を生きるヨーロッパ諸国に移民圧力を及ぼすからです。ナイジェリアだけでも、その人口はEU諸国の全人口より多くなる、と予測されています。
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日本には、優れたインフラがありながら、それを利用する住民は減少しています。都市のインフラを維持するコストは、少なくなった人口にとって負担となり、都市の規模を縮減する計画を検討しているようです。
駅前の、シャッターが下りたままの商店街でも、積極的に若い人口を受け入れて、子供を育てる家族が移住してきたら、あちこちに、素晴らしい街がよみがえると思います。
日本に多くの外国人観光客が訪れて、お寿司を食べたり、神社仏閣を訪ねたり、桜やモミジの美しい景色を観て、インターネットに写真を載せます。アジアやラテンアメリカ、中東、そしてアフリカにまで、日本は治安のよい、住みやすい国である、という認識が広まることで、きっと次の人口圧力や戦争、難民危機の過程で、日本が最終の目的地である、と言われるようになるでしょう。
被災地で苦悩する残された家族が、もし父親1人、あるいは、子供1人であれば、一緒に助け合って暮らせたらよいのに、と私は思いました。グローバリゼーションも同じです。もし政治が、対話と合意形成の優れた能力を発揮するなら、さまざまなインフラと機会を提供し、日本はもっと多くの難民家族を受け入れることができます。そして、すばらしい日本人を得るでしょう。
移民・難民の受け入れを国際的に分担し、成長につなぐモデルを築くことが、民主主義の将来を決めるのです。