PS May 1, 2018

Is Marx Still Relevant?

PETER SINGER

 

1949年に毛沢東の共産主義者たちが中国の内戦に勝利してから、40年後にベルリンの壁が崩壊するまで、カール・マルクスの歴史的意義は大きかった。人類の10人中4人がマルクス主義者を自称する政府の下に暮らし、多くの国でマルクス主義が左派の支配的思想になり、右派の政策はしばしばマルクス主義に対抗するために示された。

 

マルクスの評価は大きく損なわれた。それは、マルクス主義を標榜する体制が虐殺に関わったからだ。しかし、マルクス自身がそうした犯罪を支持した証拠はない。共産主義体制が崩壊したのは、ソ連圏や毛沢東の中国が、資本主義体制下の多くの人々が示す生活水準に等しい生活を提供できなかったからだ。

 

これはマルクスの共産主義像が間違っていたからではない。なぜならマルクスは共産主義社会を決して描かなかったから。マルクスの欠陥は、人間の本質に関して、である。彼はそれを「社会関係の集まり」とみなした。それゆえ、新しい社会の人々は、資本主義下の人々と非常に異なっているだろう、と。

 

異なる経済システムの下では人間性が異なるというのは、ヘーゲルの歴史哲学の応用だった。ヘーゲルによれば、歴史は人間精神の解放であったが、マルクスは「観念論」の説明を「唯物論」に転換した。歴史の原動力は、物質的な要求を満たすことであり、その解放とは階級闘争によって実現する。

 

マルクスは考えた。労働者たちが生産手段を集団的に所有するなら、「協調的な富があふれ出す。」 それは非常に豊富であるから、もはや分配問題は存在しないだろう、と。だから彼は、富の分配に関する細部を書く必要がないと考えた。

 

しかし、生産手段の私的所有を廃止したソ連や中国でも、人々が共有の富を信じることなく、自分たちの権力、特権、奢侈を追求した。それが明確に示したのは、皮肉なことに、私的な富の方が、集団的な富よりも豊富に生み出される、ということだった。中国経済が急速に成長したのは、毛沢東の下ではなく、私的企業を許した鄧小平の下であった。

 

中国経済はもはやマルクスと関係ない。それでもマルクスの知的な影響は残っている。彼の歴史的唯物論は、その毒素を取り除いて、人間社会のダイナミズムを理解するわれわれの知識になっている。それは、碾き臼が封建領主をもたらし、製鉄所が資本主義社会をもたらす、という粗野なものではない。

 

思想、宗教、政治制度は、われわれが必要を満たす手段、その周りにわれわれが築く社会構造、それらが生み出す金融的利益から、独立したものではない。これはわざわざ書くまでもない、当たり前のことである、と思うだろう。われわれは皆、その見解を自分のものと思っているからだ。その意味で、今や、われわれすべてがマルクス主義者である。