NHK・BSで「北米イエローストーン 躍動する大地と命」を観ました。厳しい冬の生存競争です。家族(おそらく自分の母親)の死体を喰うために集まる、狼を追い払おうとするバイソンにも、傷ついて弱ったオオツノ鹿を、長い時間をかけて狩り、その肉を子供たち食わせる間、離れて他の肉食獣が来ないように見張る狼の親にも、生きることの困難な現実、生命の相互に依存した姿を観て感動します。
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IPEと言いながら、シリア空爆や北朝鮮の核危機を議論しているけれど、経済政策はどうなっているのか? ・・・
イングランド銀行元総裁、メルビン・キングのコラムは、ECBの困難な政治的条件、金融政策としての限界、債務危機がユーロ危機として再来する覚悟を述べています。共通通貨であるためには、通貨圏内の経済的な不均衡、構造的な調整問題が起きたとき、経済政策として、中央銀行が公的債権の市場を安定化するために介入すること、また、苦境にある地域や産業に財政的な支援を行うことは、必要であり、しかも、公正な手続きにおいてなされることです。
しかし、ドイツはこれを認めません。ギリシャに財政支援して、問題をほんとうに解決するのか? ECBの市場介入は、財政赤字をさらに融資するだけではないか? 彼らの疑念や不信も、また、正当な理由があると思います。なぜなら私たちも、朝鮮半島の非核化と再統一に関する財政的分担問題を、これから構想しなければならないからです。あるいは、アメリカがシリア内戦後の経済再建に関して交渉するとき、ロシアやイラク以上に強力なテコを持つ、というSusan E. ライスの指摘を思い出します。
キングによれば、ドイツ人のECB総裁が、その限界を打ち破るべきなのです。それは、単に、政治統合という基礎を欠いたECBの苦悩ではありません。私は、かつてアジア通貨危機の後、アメリカの学者に意見を聞いたことがあります。その1人は、アジア諸国が連邦準備銀行制度を設けるべきだ、と述べました。
イギリスの政治経済学者、ロバート・スキデルスキーの2つのコラムは、金融危機後の「失われた10年」と、人工知能やロボットの普及による「技術的失業」という、2つの失業問題を議論しています。
金融危機後の財政再建は、間違っていたのか? あるいは、むしろ健全化を急ぐべきなのか? 不況を避けるためには、財政赤字を増やすべきである。しかし、緊縮策を採用しなければ、投資家は増税やインフレを心配するのではないか? その意味で、財政再建が政策の余地を確保する、と緊縮策を支持する修正ケインズ主義者も現れました。
意見対立は、AI・ロボットによる技術的失業論でも顕著です。もし技術革新で失業者が増大するなら、社会保障を充実し、教育システムや職業訓練プログラムを大幅に拡充して、AI・ロボットが社会によって支持される条件を政治が創り出さねばなりません。しかし、ベーシックインカムについては、反対意見が強く、市場経済の中で機能するのか、と疑われています。
スキデルスキーに言わせれば、経済学の論争はイデオロギーです。・・・政府は(常に)うまく機能しない。金融市場は(すべて)正しい。労働と報酬は(人間にとって)切り離せない。
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NHK・BS「駅ピアノ アムステルダム」を観ました。異なる大陸から、内戦状態や飢餓を逃れ、異郷から集まった人々が新しい都市を創ります。今、政治経済秩序を築くものは何か?
融資や投資として「資本」は境界を越え、それに加えて、労働者や難民も境界を超えて行きます。金融危機、貿易不均衡、AI・ロボットは、経済学と経済政策の革新、それを決定し、実施する政治の主体と制度も、やはり、境界を超える、と告げているのでしょう。