え~っと、前回の続き—
っていうか、次男のことばっかで吃音については詳しく書いてなかったね。調べると、“発話障害の一種”と出てくる。普段は滑らかに話せる人でも、緊張したり焦ったりした時に、どもることあるでしょ?それが常に起こるのよ。主な症状は、「繰り返し(連発)」「引き伸ばし(伸発)」「詰まり(難発)」。詳しく知りたい方はググってみてね。
うちの次男は難発。第一声がなかなか発声できないことが多い。でも、成長とともに家族や友達の前ではあまりどもらなくなってきたの。なので素の状態で居られる環境が大事なのかなと思った。それと悪口や文句を言うときも、どもらなかったわね😝フィルターを通さず、感情のままに発する言葉はすんなり出るのかも。あ、歌うときもどもらないの。不思議よね。
兎にも角にも「ことばの教室」に一縷の望みをかけて通いました。通ってたら何とかなってくかも~なんてね😅
そういえば、「ことばの教室」ってご存知かしら—
言葉を話す上で、何らかの問題を抱えてる子が通うところ。札幌だと各区の小学校のひとつに弁設されてて、通ってる子は授業が終わってから、もしくは授業を途中で抜けて行く。週1とか週2とかで、1回1時間。次男の場合、週1。で、バス通だったんで、途中で抜けることが多かったと思う。あの頃は私、車なかったからね。ホント、割と近い小学校にあって良かった。
後で聞いたんだけど、授業を抜けて帰る次男に、いいな~サボって~などと言う奴がいたらしい。腹立たしい限りだ☹️
確かに「ことばの教室」では遊んでる。遊具のある部屋とゲームやお絵描きできる部屋がある。そこでは先生と1対1で好きなことをする。何もしたくなかったら、しなくていい。強制も否定もされない、自由空間。先生はその子の緊張が解けるよう、素の自分が出せるよう向き合ってくれる。家庭で足りない、或いは過剰なことを探って調整(?)してる— って説明受けたと思う。うちの家庭で不足(或いは過剰)している、それは何なのかとても知りたかった。きっとそのうち先生から教えてもらえると思い込んでたんで、私から聞いたことはなかったのだけど。他の保護者が言うには、先生は聞かれたら話すとのことだった。聞く気のない保護者に言っても無駄ということらしい。で、結局私は聞きたかったのに聞かずじまい。なぜかは覚えていない😞
子供に付き添ってきた保護者は待合室で待機してる。同じ時間に2人ずつ。先生は2人いるからね。で、子供を待ってる間に保護者同士仲良くなる率が高い。症状が違っても子供のことで悩んでるのは一緒だからね。色々話しちゃうんだ。他にも茶話会とかレクリエーションとかで顔を合わせて、知り合いになる。全員じゃないけど、知り合えて情報交換できるから孤立感は薄まると思う。私の場合、吃音の子は他に居なかったんで、その辺の情報はなかったんだけどね。
発達障害、自閉症… 色んな症状の子供が通ってきてた。なので、なんで「ことばの教室」なんだ?って思ってたけど… どうもね、普通学級に通えてるけど何らかの問題を抱えてる子も紹介されてくるらしい。管轄外も多いのだと先生からお聞きした。細かく対応するには、場所も人材も経費も足りないんでしょうなぁ。
次男が通ってた20年前はこんな感じだったけど、今はどうなってんだろう。あの頃で年々人数が増えてて、区によってはもう受け入れられなくなってると聞いた。次男が小学校を卒業して、「ことばの教室」通級も終了。なので今のことは全くわからないが、環境が整えられていることを切に願う。
実は中学生になっても「ことばの教室」に通った方がいいと言われたんだよね。でも場所が遠くなることと本人がとても嫌がったんで、拒否してしまった。
「ことばの教室」がある中学校となると、札幌では1校しかないのよ。次男は小学校の6年間通ったけど、ずっと苦痛に感じてたと… 周りからはサボってズルいとか(こんなこと言うのは極少数派だったけど)言われるのが嫌、効果も感じないとか面倒とか。私も次男の様子を見てて、どもることも少なくなってるしいいかなって。
中学校では隣りの小学校の子達も一緒になるけど、それまでの顔ぶれにプラスされるだけだからね、さほど心配はなかったんだ。多感なお年頃、吃音とかなくったって色々あって当たり前だもんね~
それやこれやで、あっという間に受験生。またちょっとどもりが目立つようになってきたてた。机に向かって問題解く試験だけならいいんだけど、私立の高校は面接があるんだよね。これが凄いプレッシャーになったみたい。
第一声がすんなり出てこない状況を打破するべく、小学校時代からあれこれ試して効果があった技を、中3時の担任から止められてしまったのだ。面接で印象が悪いと。
まぁ確かに、体を揺らしたり貧乏ゆすりしながら話すのはお行儀が悪いわな。普通に話せる人がしたならね。第一声をなかなか発することができない人が、すぐに対応しようと工夫した動作だよ。リズムをとることで少し話しやすくなってたんだよ。
その後の面接練習は散々だったらしい。動くことを禁止され、まともな受け答えができず、しっかり傷ついて帰ってきたよ。自分を否定されて、初めての受験の失敗も匂わされたんだから。
あ~~書いててあの頃の感情が蘇ってきちゃった。涙がチョチョ切れる。あ、次男の前では泣いてないですよ~ 怒ってたし。憤慨。でもね、予想外でもなかったんだ〜 なんせ担任は無頓着なおばちゃん先生だったから。
おばちゃん先生が悪いってことじゃないの。あの先生はあまりにも無神経なところもあって、他の保護者からも信頼されてなくて… 自身も子供がいるのに、生徒のこと何もわかってない、見てない感じがね~ 寄り添うという言葉、知ってます?って聞きたくなるくらい。それを3年間見てきたし、私ら保護者より子供達はもっとだし。なので端から当てにしてなかったんで、学校に相談もしなかった。私は次男の文句をひたすら聞き(合間で一緒に文句を言ったり)、面接でも構わず動きながら話せと言ったと思う😗
ま、私立も公立も合格したんで、ざまぁみろ!って感じ?😜
入試が終わって少し経って、次男に問われた。
「どうして委員とか部長をやらなかったか、わかる?」
どこだったか車で迎えに行った時、次男が唐突に語り始めた―
私は息子達に色んな経験をしてほしくて、部活動は勿論、何かの委員になることを勧めた。部活動は元々興味があったらしく、すんなり入部。委員は面倒くさそうだったのか、気乗りしない感じ。でも絶対にいい経験になるとか、入試の時に有利だとか— 長男は説得に応じたけど、次男は全く聞く耳持たずだったのだ。
「委員も部長も、吃音があったからやらなかったんだよ」
それから淡々とそれまでの辛かった胸の内を語り始めたの。学校では音読の授業が地獄だったとか、喋るとクスクス笑われるとか、変な喋り方~とからかわれたりとか… すぐに言葉が出てこなくて、胸が締め付けられるくらいに辛かったと。
私は涙をこらえるのに必死で、運転に集中できなかった。反面、なぜ今?などと思ったりして。
あの時は衝撃が強すぎて、多分ロクな返しはできてなかったと思う。暫く頭の中がグルグルしてたし、心もかなりザワついてた。でも、ある確信が浮上してきた。
「あぁ、もうこの子は大丈夫」
いつの間にかちゃんと自立してた。しっかり寄り添ってもらえてなかったのに。
あの頃は次男に吃音を意識させないようにしてたのね。「ことばの教室」で、学校とかでも私から周りに働き掛けないようにと言われてたし。担任に任せるしかないということにモヤモヤしつつ、専門家に従っていたのよ。なので次男と吃音について話すこともなく、どもりなんて全然気にならないていで過ごしてた。
でもそうじゃない。そんな行動で苦しんでる本人が救われるはずがない。ありきたりなポジティブ発言なんて、虚しいだけ。あの頃の私は考えなしだったのだ。
そんな母親に、胸の内なんて言えなかったのだろう。どうせポジティブなこと言われてごまかされてしまうから。でもあの日は違ったね。何か覚悟を感じたよ。大人になったというか、ステージが上がったというか… ま、成長期だったしね、どんどん駆け上がってくさね。嬉しさと頼もしさと、一抹の寂しさを感じつつ… 今後は高校と大学の学費の心配だけかなぁんて。
あの頃に戻れるなら、早い段階で次男に向き合い、ちゃんと寄り添いたい。…なんて、どんなに後悔しても遅いのさ。その後悔を増幅してくれたのが、吃音について書かれた本だった。
次男が卒業論文の資料とした本。筆者は九州で言語聴覚士をされてて、ご自身も吃音があるという方(本の題名も作者名も覚えてない💦)。私も読んだけど、驚いた。「ことばの教室」で言われてたことの真逆が書かれてた。更に驚くべきは、その本は次男が「ことばの教室」に通うようになる前からあったということ。てっきり最新の情報かと思ったんだけど…
ホント日本はこういうのに遅れてる。つくづく呆れたし落胆した。学校教育に携わっていても興味なし?札幌にも言語聴覚士はいたよね?
そりゃ、今のようにスマホがお勧めを提示してくれる時代ではなかったさ。にしても、古い情報を更新しようともしないって、どうよ。今の時代はどうなのかな。小学校で問題を抱えてる子が増えたと聞いたことがあるけど。学校は対応できているのかな。
学校に全てを委ねるって話しじゃない。ただ子供が傷つかず、苦しまず、安心して学べる環境を作ってくれてるのかな。それどころじゃないほど、先生方は忙しいのかな。
時代によっても環境は変わってくしね。子供を取り巻く環境も。どうしていいかわからなくなることも沢山。でもそれは子供も同じ。大人以上に不安を抱えてる。だからちゃんと安心させてあげるの、大事。
ちゃんと向き合ってあげる。ちゃんと寄り添ってあげる。難しいことじゃない。その子を否定しない、批判しない。話はひたすら聞いてあげる。これだけでも不安感は減ると思う。
色んな変化に立ち向かってくには、不安のない安定した精神状態じゃなきゃね。社会や学校に頼るのも必要だけど、先ずは子供自身の土台をしっかり作らんとね。土台がしっかりしてれば、なにかあったとて折れない。折れることがあったとしても、立ち直ることができる。
…なんかすんごい偉そうね、私😓
吃音のこと知ってもらいたいな~だけだったのに。
私は教育者でも育児のスペシャリストでもないので、読み流してください🙇
長々書いてる間に、色んな事を思い出しました。情けないとか、後悔ばっかです。育児なんて答えがないから、何年経ってもモヤモヤ消えないし、気苦労ばっかでしんどいだけと思ってる方は多いと思います。でもね、いつかその苦労が宝物になるんです。先は長いかもですけど、今奮闘中の方々、も少し頑張ってみて。
後ね、問題あっても障害あっても、引っ込み思案にならないで😊とにかく周りに理解してもらわないと始まらないのよ。まずは保護者の皆さんの中に入って、顔見知りになるのをお勧めしますわ😁後々、子供のためになるからね〜