赤ちゃん一時避難プロジェクト
南三陸町の避難所にいる多くの新生児とその母親を安心して過ごせる環境へ一時非難させようと東京都内のNPOが『赤ちゃん一時避難プロジェクト』の活動をされているので、紹介させて下さい。
詳しくは、下記HPをご覧下さい。
赤ちゃん一時避難プロジェクト
また、被災地の子供達を一時疎開させようという動きもある様です。
以下は、朝日新聞20日の記事です。
子どもの『一時疎開』オームステイ形式で 自治体が準備
赤ちゃんが日本を救う
ねっと・ゆりかご
2万人ともいわれる多くの命が失われた震災、復興の鍵のひとつをにぎるのは、未来の日本を背負って立つ新しい命です。
今までもそうでしたが、さらに今後、女性が安心して出産できる環境を作るのはとても大切な事だと思います。
そこで問題となるのが産婦人科医不足です。
その問題解決のひとつにもなりうる記事が2月に朝日新聞で掲載されておりましたので、こちらでも紹介させて下さい。またネットと医師を結ぶこのシステムは、シニアの健康問題にも応用が利くかもしれないとの事です。
私の行わせていただいているマタニティウォーキングやシニアのウォーキングなども連動して下さいましたら、きっとお役に立てるはずです。

<以下2011年2月28日付 朝日新聞東京本社朝刊から引用>
民話の地を安産の里に ~岩手県遠野市~
市の中心部からでも産婦人科の医師がいる医療施設まで車で急いで1時間。雪が降れば、道路が凍結し峠越えもままならない。遠距離通院を強いられる妊婦さんは、出産時にどうするのか――。
こんな悩みを抱えた岩手県遠野市が、IT(情報技術)を使った解決策を見いだした。「安心して妊娠できる自治体づくり」に成功。女性が生涯に産む子供の数(合計特殊出生率)は日本全体で1.37だが、遠野市では1.87という高い数字を保っている。
遠野市は、日本の民俗学の発展に大きな貢献をした柳田国男の「遠野物語」の舞台として有名。四方を山に囲まれ、東京23区ほどの広さに約3万人が住む。
02年4月、遠野市は難問に頭を抱えた。基幹病院である県立遠野病院から産婦人科医がいなくなったのだ。それ以降は、市内で出産できる施設がない状態が続く。05年に乳児を持つ母親や妊婦にアンケートしたところ「出産に不安」「産むのに躊躇している」という回答が4割近くをしめた。
本田敏秋市長は、産婦人科医を探して岩手県や岩手医科大などを訪れ、何度も頭を下げた。だが、「無い袖は振れない。お願いではなく、工夫が必要だ」と言われたという。
そうした時に持ち込まれたのが、ITを使った遠隔妊婦健診の提案だった。経済産業省のモデル事業として07年12月、「遠野健康福祉の里」にある事務室を改造して遠野市助産院「ねっと・ゆりかご」を開設。他の自治体同様、厳しい予算運営が続く遠野市は、新しく助産師2人を市職員に加えることに踏み切った。
仕組みは、こうだ。妊娠が分かった妊婦さんは市のほぼ中心部にある「ねっと・ゆりかご」に通う。ここから、主治医がいる産科施設にネット回線で接続。おなかの張りや胎児の心音などのデータを伝送する。時には、助産師は軽量小型の胎児心拍転送装置を持って妊婦宅の訪問もする。
接続先は、嘱託医療機関契約を結ぶ盛岡赤十字病院など計13の医療機関。テレビ電話などで主治医と話しながら、母体の健康管理や出産時期について助言を求める。妊婦は、遠距離通院の負担が軽くなり、健診の待ち時間もなくなった。
市民医療整備室の佐々木一富次長は「夜勤をする夫を持つ妊婦さんもいる。そうした妊婦さんは、夜に陣痛が来るのを恐れている。助産師さんと携帯電話でも連絡が取れ、精神的な安心が得られたことが、大きな効果ではないでしょうか」と話す。助産師も消防署員も、急な陣痛が始まった妊婦を緊急搬送する際には、車に同乗できるように研修を受けており、車中で破水などが起きても対応できる態勢になっている。
佐々木さんは言う。「出産前のピタリの時に、妊婦さんが主治医の産科施設に行くことが可能となった。タイミングが合わず、引き返すことも少ない」。遠野市の年間の新生児は約200人。このうち?人近くが、「ねっと・ゆりかご」を利用している。
遠野市のもうひとつの大きな課題は高齢化。これもITを使って解決する努力が続く。本田市長は「これは日本の未来の姿。そのために、胸を張って新しい仕組みを作り上げよう」と市民や職員に呼び掛けている。
「健康増進ネットワーク事業」と呼ばれる。09年2月にスタート。現在は市内の?カ所の集会所や地区センターに40歳以上の市民約400人が週1回集まる。
参加者が手にした歩数計をネットにつながったコンピューター端末に近づけると、1週間分の運動データが転送される。血圧や体重も測り、タッチパネルを使って記録を追加。取り込まれたデータはグラフ化され、変化がすぐ分かる。必要に応じてテレビ電話の向こうにいる医師と、世間話も交えながら健康相談をする。
自営業の奥友亮佑さん(83)は「参加していなければ、食って寝る生活だった。歩くようになって6キロやせた。散歩の途中で美しい自然の変化にも気づくようになった」と喜んでいた。
2万人ともいわれる多くの命が失われた震災、復興の鍵のひとつをにぎるのは、未来の日本を背負って立つ新しい命です。
今までもそうでしたが、さらに今後、女性が安心して出産できる環境を作るのはとても大切な事だと思います。
そこで問題となるのが産婦人科医不足です。
その問題解決のひとつにもなりうる記事が2月に朝日新聞で掲載されておりましたので、こちらでも紹介させて下さい。またネットと医師を結ぶこのシステムは、シニアの健康問題にも応用が利くかもしれないとの事です。
私の行わせていただいているマタニティウォーキングやシニアのウォーキングなども連動して下さいましたら、きっとお役に立てるはずです。

<以下2011年2月28日付 朝日新聞東京本社朝刊から引用>
民話の地を安産の里に ~岩手県遠野市~
市の中心部からでも産婦人科の医師がいる医療施設まで車で急いで1時間。雪が降れば、道路が凍結し峠越えもままならない。遠距離通院を強いられる妊婦さんは、出産時にどうするのか――。
こんな悩みを抱えた岩手県遠野市が、IT(情報技術)を使った解決策を見いだした。「安心して妊娠できる自治体づくり」に成功。女性が生涯に産む子供の数(合計特殊出生率)は日本全体で1.37だが、遠野市では1.87という高い数字を保っている。
遠野市は、日本の民俗学の発展に大きな貢献をした柳田国男の「遠野物語」の舞台として有名。四方を山に囲まれ、東京23区ほどの広さに約3万人が住む。
02年4月、遠野市は難問に頭を抱えた。基幹病院である県立遠野病院から産婦人科医がいなくなったのだ。それ以降は、市内で出産できる施設がない状態が続く。05年に乳児を持つ母親や妊婦にアンケートしたところ「出産に不安」「産むのに躊躇している」という回答が4割近くをしめた。
本田敏秋市長は、産婦人科医を探して岩手県や岩手医科大などを訪れ、何度も頭を下げた。だが、「無い袖は振れない。お願いではなく、工夫が必要だ」と言われたという。
そうした時に持ち込まれたのが、ITを使った遠隔妊婦健診の提案だった。経済産業省のモデル事業として07年12月、「遠野健康福祉の里」にある事務室を改造して遠野市助産院「ねっと・ゆりかご」を開設。他の自治体同様、厳しい予算運営が続く遠野市は、新しく助産師2人を市職員に加えることに踏み切った。
仕組みは、こうだ。妊娠が分かった妊婦さんは市のほぼ中心部にある「ねっと・ゆりかご」に通う。ここから、主治医がいる産科施設にネット回線で接続。おなかの張りや胎児の心音などのデータを伝送する。時には、助産師は軽量小型の胎児心拍転送装置を持って妊婦宅の訪問もする。
接続先は、嘱託医療機関契約を結ぶ盛岡赤十字病院など計13の医療機関。テレビ電話などで主治医と話しながら、母体の健康管理や出産時期について助言を求める。妊婦は、遠距離通院の負担が軽くなり、健診の待ち時間もなくなった。
市民医療整備室の佐々木一富次長は「夜勤をする夫を持つ妊婦さんもいる。そうした妊婦さんは、夜に陣痛が来るのを恐れている。助産師さんと携帯電話でも連絡が取れ、精神的な安心が得られたことが、大きな効果ではないでしょうか」と話す。助産師も消防署員も、急な陣痛が始まった妊婦を緊急搬送する際には、車に同乗できるように研修を受けており、車中で破水などが起きても対応できる態勢になっている。
佐々木さんは言う。「出産前のピタリの時に、妊婦さんが主治医の産科施設に行くことが可能となった。タイミングが合わず、引き返すことも少ない」。遠野市の年間の新生児は約200人。このうち?人近くが、「ねっと・ゆりかご」を利用している。
遠野市のもうひとつの大きな課題は高齢化。これもITを使って解決する努力が続く。本田市長は「これは日本の未来の姿。そのために、胸を張って新しい仕組みを作り上げよう」と市民や職員に呼び掛けている。
「健康増進ネットワーク事業」と呼ばれる。09年2月にスタート。現在は市内の?カ所の集会所や地区センターに40歳以上の市民約400人が週1回集まる。
参加者が手にした歩数計をネットにつながったコンピューター端末に近づけると、1週間分の運動データが転送される。血圧や体重も測り、タッチパネルを使って記録を追加。取り込まれたデータはグラフ化され、変化がすぐ分かる。必要に応じてテレビ電話の向こうにいる医師と、世間話も交えながら健康相談をする。
自営業の奥友亮佑さん(83)は「参加していなければ、食って寝る生活だった。歩くようになって6キロやせた。散歩の途中で美しい自然の変化にも気づくようになった」と喜んでいた。
子供のこころに義援金
続いて大切なのが義援金です。
どんな義援金でも信頼のおけるところに贈るのが大切ですが、
私としては、小額でも有効に使って欲しいと思っておりました。
そこで、提案して下さったのが子供に対する義援金です。
これも野下さんからの紹介です。
私のこころにぴたっと来ましたので、紹介させてください。
心のケアは子供達が元気に復興していく意味で、未来の街作りにつながると思います。
以下は、野下さんからの文章です。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
個人的に支援したい活動があります。
テットーに同居しているNPOが近々被災地の子ども達に「こんな時こそ遊び場を!」(仮)として
遊び場支援活動を展開する予定です。
被災した子ども達の心のケアとして「遊び」を提供しに行きます。
子ども達の心にPTSDを残さない為にもとても重要だと思っています。
日本冒険遊び場づくり協会HPではこう書いています。
http://www.ipa-japan.org/asobiba/modules/news/
「また当協会では、災害時における子どもへの支援として、現地での遊び場活動を検討しています。
仙台在住の理事からは「3/14-21日まで市内の小中学校が休みになるので、
校庭を遊び場として開放してほしい旨を、マスコミを通じて訴えてほしい」という提案が届いています。
遊びを通じて子どもは心を癒していきます。被災時における子どもたちの心理的負担を軽減するためにも、
現地での遊び場活動が必要だと考えています。
詳細が決まりましたら、改めて寄付等のお知らせをします。」
とのことで、「被災地の子ども達の為の遊び場を開く活動をする」以外
まだ決まっていないのが実際のようです。
しかし、日本冒険遊び場づくり協会は
阪神の震災の時も、仮設住宅の間に遊び場を設置しました。
今回もその時のように、
遊び道具の提供。
プレーリーダーの配置。
ボランティアの配置
などではないかと思います。
野下
どんな義援金でも信頼のおけるところに贈るのが大切ですが、
私としては、小額でも有効に使って欲しいと思っておりました。
そこで、提案して下さったのが子供に対する義援金です。
これも野下さんからの紹介です。
私のこころにぴたっと来ましたので、紹介させてください。
心のケアは子供達が元気に復興していく意味で、未来の街作りにつながると思います。
以下は、野下さんからの文章です。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
個人的に支援したい活動があります。
テットーに同居しているNPOが近々被災地の子ども達に「こんな時こそ遊び場を!」(仮)として
遊び場支援活動を展開する予定です。
被災した子ども達の心のケアとして「遊び」を提供しに行きます。
子ども達の心にPTSDを残さない為にもとても重要だと思っています。
日本冒険遊び場づくり協会HPではこう書いています。
http://www.ipa-japan.org/asobiba/modules/news/
「また当協会では、災害時における子どもへの支援として、現地での遊び場活動を検討しています。
仙台在住の理事からは「3/14-21日まで市内の小中学校が休みになるので、
校庭を遊び場として開放してほしい旨を、マスコミを通じて訴えてほしい」という提案が届いています。
遊びを通じて子どもは心を癒していきます。被災時における子どもたちの心理的負担を軽減するためにも、
現地での遊び場活動が必要だと考えています。
詳細が決まりましたら、改めて寄付等のお知らせをします。」
とのことで、「被災地の子ども達の為の遊び場を開く活動をする」以外
まだ決まっていないのが実際のようです。
しかし、日本冒険遊び場づくり協会は
阪神の震災の時も、仮設住宅の間に遊び場を設置しました。
今回もその時のように、
遊び道具の提供。
プレーリーダーの配置。
ボランティアの配置
などではないかと思います。
野下