自転車の旅・筑波研究学園都市 (阪神大賞典★) | ☆まけうまブログ★

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徒然なるままに日暮らしスマホに向かひて心に浮かぶよしなしごとを競べ馬の有様とともに書きつらねる自己満ブログ。
前半はよしなしごと、後半はレース回顧。
競馬道は一にも二にも検証の積み重ね。怠ればハズレ馬券が山と成す。

ブログネタ:春になると気分は上がる?下がる? 参加中

路傍の野仏に手を合わせながら、ふと自分に問い掛けていた。

春の昼下がりのサイクリングで、本当にテンションは上がってるのか?

そうでもない。
むしろメンタル的には時々悪い気分が時々波濤のように押し寄せくる。

飛鳥や山の辺の道のような、心が晴れ渡ってゆく感触がないのだ。

筑波が縄文人エリア、大和が弥生人エリアだとしても、積み重なった歴史そのもの容積に変わりはない。

にも関わらず、この辺りを旅していて、自分に降り注ぐ気の密度が、大和に比べてどうしようもなく希薄なのだ。

それはおなじみの風景への新鮮度のなさということなのだろうか?

たぶん違う。
引っ越して初めてこの県南にやって来た時からその希薄さは感じていたのだ。
新しい生活の始まりと穏やかな春の陽射し、車から流れる耳慣れない首都圏ラジオの音(⇒確かTBSのまんなかラジオ)、覚えているのはそれだけ。
そわそわした奇妙な高揚感も、異郷で暮らし始める新鮮な感傷が一番大きかった気がする。

自分の内部にほとんど何の変化ももたらさない風景というのが確かにある。
仙台がそうだ。
郷里と山を隔てた隣の市…にも関わらずほとんど何も自分の内部に浸透して来ない街。
秩父以外の埼玉とか、群馬、栃木にもそれに近い感覚がある。

人によってもたらされるものに違いがあるのは当然で、あくまで都市や地域の価値ではなく、個人的な話でしかない。

自分の場合、西に向かうにつれて何かをもたらす風景の度合いが濃密になってゆくのだ。

大阪市内はそんなに好きな街ではないけど、何かはもたらす。
京都は胸やけするくらい隅から隅まで圧倒されるし、神戸は自分が自然に呼吸できる何かを持っている。

でも、自分の心に何かが滲み渡ってくる一番の地域は、やはり大和と近江だ。

飛鳥は駅前からすでに例えようのない気が充満していた。
高松塚なんて、これが古墳?と呼びたくなるような味も素っ気もない姿になっているし、石舞台も単なる不思議なオブジェの観光地でしかない。
それでも何か違うのだ。

みかんがなって、清流が流れるようなふとした隙間から、例えようもない気が流れ出して、全身を満たす。
それは山の辺とも共通する部分でもある。

飛鳥板蓋宮跡や、日本最古の大神神社に詰まった歴史だけでは解明できない何か。

道すがらの野仏から、水のせせらぎ、空気の匂い、激安の無人果汁販売所のイチゴや八朔の甘酸っぱさ…
全てが何かをもたらし、清浄な気で満たしてくれる。

ヒシアマゾンは460㎏くらいの馬だったけど、黒光りする馬体も、しなやかな筋肉も、そこから醸し出す気も、完全に500㎏オーバーの馬のものだった。

オーラというものは、決して目方で計れるものではない。

同じように鄙びた風景で、野仏も果樹販売所もあるこの筑波路と何が違うのか…
気の性質が違うとしか言いようがない。

ただ、常陸と下総の国境を市自体が跨いでいるこの県南地域には、何かをもたらすかけらを、ほんのわずかだが、感じる。
県庁所在地水戸や国府石岡に暮らす想像はつかないけれど…長い年月この街で暮らせたのは、それがあった故だろう。

自分に何かをもたらす風景のかけらをこの県南で捜した。
そして初めて訪れた瞬間から心が躍る景色に吸い寄せられた唯一の場所が筑波研究学園都市。

学研の[6年の学習]で、街路に電線がない話を読んで、スゲェ!と幼心に思ってた街だけど…
実際にこの街を造り上げている風景の超近代的なみずみずしさに感嘆してしまったのだ。

実際つくばは昔の勤務先でもあった、庭のような街。
けれどそれはエンジンを搭載した乗り物での話だ。
こうやって学園都市を自転車で走っていると、見慣れた風景がまるで違うみずみずしさに変わる。

そうか、自分はこの街を自転車で走りたいと心のどこかでずっと思っていたのだなと。

洞峰公園のベンチで自転車を止めてひと休み。
時刻はもう17時。
日が長くなったな。
公園の北口には、バケツに入ったびっくりパフェで有名な洋食屋のウェストハウスが目の前にある。
ペンギン娘を連れてよく食いに来たけど、なかなか雰囲気の楽しい店だ。

研究所も併設した、二ノ宮から千現の住宅地を突き抜け、昔ナンパロードで有名だったエクセルのあった通りを突き進む。
県南唯一のディスコだったエクセルもすでになくなり、ナンパの路駐ができないように路肩も狭められた。
ホテルオークラエポカルが出来て、当時と風景が一変している。
ネーミングかわからないが、竹園の八百屋[うなぎや]は健在だろうか?

つくばセンターは、センタービルをランドマークに、バスターミナルやクレオ(西武百貨店)を併設した、つくばの中心地というべき立地だが、つくばエクスプレスの開業で、つくば駅まで全く同じ場所の地下に設置された。

[自転車の街ですよ リンリン]

いつそんなキャッチコピーが出来たのか、歩道橋に掛かった横断幕をくぐってエキスポセンターに向かって走る。
プラネタリウム併設の科学体験施設。
何より街のど真ん中に聳え立つロケットのオブジェ(ちゃんとJAXAの文字が入っている)にぶったまげてしまうのだが…
棟の名前が単純に数字で表示されただけの近隣の公営住宅の風景と相まった、無機質かつ無造作な風景が、何とも言えないつくばの魅力を形作っている。

松見公園と天久保ショッピングセンターの横を抜けて、メディカルセンターを通り過ぎると、信号の先から筑波大学の敷地になる。
とはいえ、一般道の続きがそのまま大学構内に伸びているようなもので、誰でも入れるし、路線バスも東京駅への高速バスも普通に構内を走っている。
とにかくとんでもない広さなので、バス停の数も半端ではない。
そんな中を自転車で駆け抜けてゆく…
まるで筑波大生のような気分で☆

敷地を一旦抜けた住宅地の中に[かつ大]という有名なトンカツ弁当屋がある。
むしろ揚げ物以外の弁当はほぼ売ってない。
つくば勤務の頃はしょっちゅう食っていたが、ここのトンカツはとにかく美味い。
サカモト弁当という謎のネーミングの(⇒おそらく筑波大生のサカモト君という人が特注していた弁当が定番商品になったのか?)ヒレカツWの弁当が有名だが、自分は脂身派なので、ロースカツ弁当ばかり食っていた。

食うつもりはなかったが、かつ大の前まで来て、食わずに通り過ぎるのはほぼ不可能に近い。

懐かしいロースカツ弁当を買い、自転車のカゴに入れ、エキスポセンター前の歩道に戻る。
鯉の泳ぐ池の階段状になった畔に腰を降ろして弁当を開く。
すっかり日の暮れた歩道を自転車や歩行者が通り過ぎて行く。

そんな中でトンカツ弁当を食っていてもたいして不自然に思えない不思議なおおらかさがこの一帯にはある。

歩道沿いにはつくば図書館が美術館があって、時々歩道を研究用ロボットが通ってゆく。
そんな街だ。

池の向こうに煌々と輝くつくばセンターの夜景。
歩道の街灯が水面に揺れ、透き通る。
人工都市すぎるつくばが嫌いな人間も周りにいっぱいいるけど…
この県南で、こんな透明な風景は他のどこにも存在しない。
だから自分はつくばが好きなんだなと。

そんな夜景に眼を細めながら貪り食うかつ大の弁当、やっぱり美味いわ。

つくばセンターを抜け、学園通りを松代方面に向かう。
ららガーデンに立ち寄ってひと休みして、時計を見ると、すでに20時近い。
ここから35㎞の道のりを突っ走って帰るしかない。

松代の住宅地を抜け、圏央道をくぐって、昔ゼロヨンスポットとして有名だったサイエンス大通りへ。
自分はあえて3車線の大通りではなく、旧道の方を辿り、途中で右に折れて、谷田部の古びた市街地に抜ける。
今は研究学園の駅前に移ったつくば市役所はつい最近までこの谷田部が本庁舎だった。
あくまで市役所を学園都市に置かなかった所に、旧谷田部町の意地を感じる。

急坂を上り下りして、不動前から県道210号を南下する。
このルートがおそらく最短距離じゃないかと思う。

夜空に浮かぶ星々と三日月。
ふと中学校の掃除の時間に流れていた音楽が脳内再生される…
姫神の[遠い日 風はあおあお]

なぜこの曲が掃除の時間に流れていたのか、よくわからない。
ちなみに下校時刻の時は喜多郎の[シルクロード]だった。
でも自分はこの曲が何とも言えず好きだった。
思春期の切ない感性と絶妙に共鳴して、高校に入ってからも、あの街の風景の中でずっと余韻を奏でていた。

春の夜空とリンクして自然に流れ出したこの曲が、自分と同期するように自転車の速度に合わせてリピートしてゆく。

人には今まで蓄積して普段使わなくなったものが、大量に引き出しに仕舞い込まれている。
それが何かの拍子に開くんだよね…忘れかけていた大切なものを思い出させるように。

恐ろしいことに、今は脳内だけでなく、どこにいてもYouTubeで再生できてしまう世の中。
途中のファミマでひと休みしながら聴いてみる。

イメージ的には春より初夏だけど…やっぱり永遠の名曲かも☆

自転車を漕いでも漕いでもつくば市は終わらない。
果ての果てまでつくば市を南下すれば、もはや我が市内に入ってしまう。

その最後の牛久沼の畔の丘に千勝神社がある。
天照大神の天孫降臨と切っても切り離せない縁にある猿田彦大神を奉った、こじんまりとした清浄な神域。自分的には県南で一番好きな神社だ。
最後にここに参拝して締め括ろうと思う。

灯明に浮かび上がる社殿、木々のざわめき…
街が寝静まる前の21時。
絶妙の参拝時間かもしれない。

橋を渡って、不気味な野犬の遠吠えを聞きつつ、牛久沼の畔のガタガタ道を突っ走り、だんだん双葉団地の街明かりに突入し、それを過ぎると佐貫の街に入る。
同じ市内とはいえ、4号機関車が走っていた線路の終点まではまだ5㎞以上。

腰も痛いし、脚はパンパン…
ここから家路への道のりが、正直一番長く感じたのは言うまでもない。



[誰一人ゴールドシップ本命いなかったですよ]

競馬予想TV好きの上司の台詞。

[そんな無理筋狙わずに、普通にゴルシ買っときゃいいんすよ]

硬い馬場、気ムラな気性、これほど安定味に欠いたGⅠ5勝馬などそうはいないが…
馬場の柔らかい阪神、中山では安定度が別馬の如きレベルに跳ね上がる。
中山AJCCの惨敗は衝撃的だったが、敗因は簡単だ。
究極の目標有馬は外枠が仇で敗退⇒凱旋門賞遠征費用を回収すべく、得意の中山の弱メン相手に賞金タダ貰いを画策。
デキの良し悪し以上に、そんな勝負心に欠けた陣営の[気分]が、究極のムラ馬ゴールドシップの心理に悪影響を及ぼしたにすぎない。

今回は得意の阪神3000、しかも2連覇中の舞台。
負けたら言い訳が効かない舞台に送り出す陣営の適度な緊張感も加味すれば、ほぼ負ける要素は見当たらない。

しかしこれだけの癖馬になると、どう乗っても勝てると鞍上が余裕しゃくしゃくになった時点で、馬がナメ出すのは必定。

案の定、ゴルシは道中すでに遊び遊び…押っ付けられながら、流れとチグハグにプラプラ進む。手応え0は逆に余力たっぷりの証だ。

そういう馬の性質を岩田は見切っている。

淀みなかった流れが落ち着いた2周目向正面。
岩田は手綱をしごいて一気に馬を押し上げる。
意外なスパート地点、馬も訳がわからない状態のまま先団に取り付さかれてゆく。

元より能力は断然、スタミナは無尽蔵。

馬を欺き、闘争本能に着火させての4角先頭なら負けようがない。

この馬で確実に勝つにはどう乗ればいいか…
手本とも言うべき岩田の入魂の芸技。
しかし、これが二度通用するかは誰にもわからない。そこが愛すべきゴルシの永遠の泣かせ所な訳だが★

未だJCの豪脚が焼きついている身には、デニムのステイヤー資質をどうにも読み取れなかったのだが…
やけくそな走らせ方など決してしない角居厩舎。
今さらながらに資質を見抜いてのレース選択だったことを、見事に結果で証明して見せた所が名人たる由縁か