ブログネタ:夏で一番イヤなコトは? 参加中
ちょっとした時に、やっぱり今年の夏はさほど暑くないな、と気付く。
一昨年なんて気が遠くなるほどの暑さだったけど…
あの時はポカリの350缶が5秒で空になった。
水分を採らなきゃ我慢できないという状況も意外に少ないし、朝晩も涼しい。
しかし夏の不快度は気温以上に湿度だと思う。
誰か外の湿度を除湿する巨大な装置を開発してくれ~
湿度たっぷりの空気を装置に取り込み、除湿した大量の水分を浄水場に排出すれば、真夏の水不足も一気に解消だ!みたいなこと、自分以外にも誰か考えたことないすか?
真夏の甲府盆地は暑い。
灼熱そのものだ。
いつだったか8月の甲府を歩いていた。
膚を刺すジリジリとした日差しに気が遠くなりつつも、滝のように流れる汗が不快には感じなかった。
湿度が低いからだ。
スターバックスで飲んだ本日のコーヒーTallが、体に滲み入るほど美味かった。
夏はホットに限る。
その夜は、甲府盆地の東外れの勝沼に泊まった。
ちょうど国道20号甲州街道が、甲府盆地に出る寸前の柏尾という場所にある名刹、国宝大善寺が経営する民宿。
ここは織田勢に追われて新府城を出た武田勝頼が、一門の重臣である小山田信茂の誘いで郡内(今の大月)の岩殿城に逃れる途中、この寺で尼僧になっていた叔母を頼って立ち寄ったとされる寺だ。
もちろん、泊まった時はそんなことは気付いていない。
[おぉ、寺なのに肉が出るのか!結構豪華だし、ちゃんとぶどうもついてるよ]
勝沼の名産はぶどう。そしてワイン。大善寺でも自家醸造したワインを売っているほどだ。
食い物にだけ眼が行って、歴史にはたいして興味がないという罰当たりっぷりだったが…
実は、ここに来る直前に、新田次郎の[武田信玄]、[武田勝頼]を、あまりの面白さで立て続けに一気読みしていた。
山梨に来たくなったのも、それが理由。
当然、勝頼一行が大善寺に一夜の宿を借りた部分も読んでいた。にも関わらず、自分は何も気付かずに大善寺に泊まっていたというおめでたさだった。
岩殿城址は、中央線で甲府方面に向かって右側に見える。
断崖絶壁みたいな山腹。
素人が見ても、ここに逃げ込めば、そうたやすく攻め落とせる城には思えない。
しかし、勝頼一行は、小山田信茂の裏切りに遭い、小仏峠を封鎖されて、日川沿いの間道を秩父方面に逃れることになる。
その頃には、新府城からついて来た数百人の従者は次々と逃げ出してしまい、ほとんど落ち武者同然の態。天目山まで従いて来たのは女子供を含めた数十人しか残っていなかったという。
武田家を内部崩壊させ、小山田氏を篭絡した織田勢は、もはや背後に迫っていた。
世に言う[天目山の戦い]というのは、いわゆる合戦ではない。
甲斐の国を失った武田勝頼という、かつては国主であり随一の武将だった男の息の根を止めるべく織田勢が追撃をかけた、単なる落ち武者狩り。
もし、小山田ではなく、真田昌幸の誘いで上州に逃れていたら…
あるいは違う歴史が残ったかもしれない。
しかし、武田勝頼の運命に[かも]はなかった。
もしかしたら天目山の露と散った勝頼に呼び寄せられて、この大善寺に泊まることになったのかもしれないな、と後々になって思い返すことになる。
柏尾の夜は、昼間の灼熱の甲府盆地からは想像もできない快適な空気だった。
窓を開けていると、ひんやりとした夜風が吹き込んで来て、エアコンもいらないほど涼しい。
眼を綴じていると、それだけで穏やかな気持ちになれる。
早朝の座禅もせずに、ひたすら爆睡していたことは言うまでもない。
湿度が高いと、不快なだけでなく、ゲリラ豪雨が発生したりする。
この前も京都~大阪で新幹線が止まるほどの豪雨に見舞われ、近畿地方は大変なことになっていたようで…
って、ふと新聞でクラスターCの結果を見たら…
[岩田]だったはずのセレスハントの鞍上が、[田中勝]になっていた。
へ…?
水害で岩田は盛岡まで出て来れず、急遽田中勝春さんを代打で呼び寄せたのだった。
すると自分は、岩田だと思い込んだまま、勝春騎手の騎乗を[らしくない]とか[消極的]とか書いていたわけか★
気温と湿度で集中力が欠けていたのは自分の方だったわけで…
穴があったら出たいくらいだ。
ゴメンね、康誠くん♪
ちなみに、勝春さんの騎乗については、あれでいい。
主戦のすべき騎乗と、代打が最低限果たす役割は自ずから違っているのだから。
内田が逃げようとどうしようと、差し馬のセレスハントに自分の競馬をさせて、2着に持って来る。
急遽の代打騎乗で果たす責任というのは、昔からそういうことだもんね。
馬券を買う方は、そういう時、[込み]で予想しなければならない。
しかし、凡ミスのショックで書く気がしないから…
サマーチャンピオンと黒潮盃はまた次回★