五十嵐から吹き荒れる風が病院内に散る土埃や破片を巻き上げる。それにより浮き出る風の流れはまるで甲冑を着込んだ巨大な骸骨のようだった。
狛璃「う、うぅ……」
雷汰「フゥゥゥゥゥゥ───」
椒「な、なんでオレっちのブラザースカウトが効かないんだ……!?」
麗桜那(吾妻の死がきっかけになったかは知りませんが、今の五十嵐には精神汚染攻撃は一切通用しない……!チックハートの干渉すら弾き飛ばすとは……もしかすると、現状把握してる情報の中では五十嵐は最も脅威となる存在なのでは……!)
雷汰「もうまともに立てねぇだろ。裏切り者さえ庇わなければ、少なくとも今日死ぬことはなかったんだ。」
倒れる雲雀達を見下ろしながら五十嵐はその場から離れようとする。しかしそんな五十嵐の前に、雅楽代は何とか立ち塞がろうとする。
朝陽「行かせるかよ……!」
真鈴「朝陽……!」
雷汰「退け。お前と俺じゃあ立ってるステージが違うんだよ。」
朝陽「そんなの関係あるかよ……!俺は、俺は今度こそ……!宵を……守る……!」
雷汰「裏切り者のために命を捨てる、それがお前の信じる正義ってヤツか? 心底くだらねぇな。」
立ちあがる雅楽代を軽くあしらおうと五十嵐が踏み出した、その時だった。
???「あのさ、さっきからうるさいんだけど。」
朝陽「え……!」
シャッターが開けられる音が響く。シャッターを潜り抜けて現れたのは、なんと宵だった。
コーク「宵!?」
サイダー「ダメだよ宵!早く逃げて! 五十嵐は宵を……!」
宵「……。」
2人の制止も聞かず、宵はただ悠然と五十嵐の前に立つ。そして両手を広げると、五十嵐に向けて言い放つ。
宵「私を殺しに来たんでしょ?いいよ。早く殺して。」
朝陽「は……?」
宵の言った言葉を雅楽代は理解できなかった。宵のこの言葉は決して、懸命に闘う雅楽代達を庇うために言った言葉ではない。その証拠に、宵の目には一切の光が無かった。
雷汰「萩原……冗談のつもりか?それとも最期は潔く終わろうってか?」
狛璃「何を考えているのですか……!?自殺なんて絶対認めませんよ!!」
宵「誰が治療してくれなんて頼んだの?吾妻様を殺したクセに。」
狛璃「……!」
宵「いいよ、もう。 吾妻様のいない世界で生きていこうなんて微塵も思わない。私が裏切ったと思ってるんでしょ?だから殺すんでしょ?早く振り下ろしてよ、さぁ。」
真鈴「アンタ……!自分が何やってるか分かってんの……!?」
雷汰「……本当に、お前ほどのヤツを殺すことになるなんて残念だよ。萩原。」
宵の言葉に返すように、五十嵐は金棒を振り上げる。豪腕と金棒から放たれるフルスイングをくらえば、宵は確実に絶命するだろう。
コーク「そんな……!嫌だよ、宵……!」
サイダー「吾妻さんもいなくなって、宵だけはって思ってたのに……!」
麗桜那(せめて彼女のグラムに干渉して操れれば……!)
雷汰「じゃあな、萩原。」
五十嵐の金棒が最大まで振り上げられ、振り下ろされる。金棒が宵の体を完全に押し潰されるかと、誰もが思った。
ゴシャッ!!
肉が潰れたかのような鈍い音が響く。目の前に凄惨な光景が広がっていた。しかしそれは、その場にいた誰もが想像していた光景とは違っていた。
朝陽「ぐ……ぐあぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
宵「……!」
宵に覆い被さるように飛び込んだ雅楽代の片足が、五十嵐の金棒により潰されていた。それでも五十嵐から守るように、雅楽代はその姿勢を崩そうとはしない。
雷汰「おい、何邪魔してんだ?テメェごと潰されたいのか?」
雅楽代の妨害に対し五十嵐は苛つきながらとどめを刺そうとする。しかしその時、それを止めるために汐凪と花が迎撃する。
真鈴「止めろぉ!」
椒「朝陽も宵もやらせるかぁ!!」
雷汰「チッ!鬱陶しいなぁ!!」
五十嵐の注意が雅楽代達から逸れる。その間、雅楽代の苦しむ表情を目の当たりにした宵は力無く問いかけてくる。
宵「何してるの?早く退いてよ。」
朝陽「退かねぇよ……!」
宵「ヒーローに酔ってるお前には分かんないだろうけど、私はね、早く死にたいの。 私の大切な人はみんなみんな、あの世へ行った。お父さんもお母さんも吾妻様も。残ったのは嘘つきのお前だけ。 もういいの。もしみんなに会えるのなら、私はもう、死んだ方がいい。」
朝陽「お前……!」
その瞬間、雅楽代の口から飛び出したのは、腹の底からの怒号だった。
朝陽「ふっざけんじゃねぇぞ!!」
宵「……ッ!!」
朝陽「お前のことが心配で走ってきた2人は、俺達がSWORDでも頭を下げてお前を守ってくれって頼んだんだ!それに応えるために雲雀隊長も、みんなも!命がけで闘ってんだ! それなのにお前は何で……!なんで自分で命を捨てようとするんだよ!?」
宵「そのエゴがウザいって言ってんの。そのご立派な考えを周囲に広げてるのは誰? それで誰が守れたの?お父さんもお母さんも死んで、私は辱められた。結局お前のその言葉は全部、自分のことしか考えてないだけなんだよ。」
朝陽「分かってるよそんなこと……!俺の言葉が綺麗事ばかりだって……! だけど、これだけは言わせてくれよ……!」
いつまでも、どこまでも妹から拒絶されようとも、雅楽代はこの言葉だけ伝えたかった。
朝陽「お前に生きてほしいって願ってるヤツらがいるって分かってるなら、生きろよ……! 自分から命を投げ出そうとするな!」
宵「……っ」
宵にそう告げると、雅楽代は無理やり立とうとする。片足は潰れ、まともに動かない上、激痛は治まらない。それでも雅楽代は立ち上がり、五十嵐を睨む。
朝陽「俺はこの程度じゃ止まらねぇぞ……!どうしても宵を殺そうってのなら……!
俺を!殺してみろ!!五十嵐 雷汰!!!」