就寝チャネリングでボブに悩み事を相談した。
「私は以前のようにマンガを描きたいし、イラストも描きたい。
ブログも書きたいし、手芸もやって家事してすごしていたい。
それはいけないことなんだろうか?」と。
今は実家の掃除を週一でこなし、パートで疲れて、
家事ルーティンをこなすので手一杯。
それらの仕事は、直接『人の役に立つこと』であり、
人助けであり、社会貢献として喜ばれることだ。
趣味の手仕事も喜ばれるとはいえ、喜びの質として
『切実さ』が全く違うのだ。
パート先は人手が足りない。食に直結しているから
無くなると困る。
父のように自立しきれない老人は増加傾向にあり、
どちらも切実。
マンガや手芸は無くても特に誰も困らない。
自分の身の周りの面倒を見ることは、
個人的世界の平和のためにとても大切だけど、
それだけでいいのか?という思いもある。
ワガママを貫く人たちは世の中にたくさんいる。
娯楽に人生を捧げ、自立せず、
切実に困っている人たちを、自業自得と顧みない。
それはいわゆる青い鳥の贅沢たちと同じなのであって、
家事能力がない人たちは、老いたとたん不幸の洞窟に
追い立てられてしまう。
家事能力がなくても、せめて礼儀をわきまえ、
人を思いやり、分かち合い、愛される生き方を
心がけていれば、救われる可能性は充分にある。
『人生なめたらアカン』というか…
想像以上に現実はシビアだったんだな…と、
孤立無援の父を見て思う。
私がレジ打ちのパートを始めたのは、
『老いてからでも手っ取り早く復職しやすい経歴』
になると考えたからだ。
いざやってみると、体力づくりや脳トレになるほか、
接客の礼儀作法まで学べることが分かった。
しかし、社会的には底辺に近い仕事と思われており、
あからさまに八つ当たりしてくる客もごくたまに居る。
実際働いている人たちは、ご近所に身バレするのに
抵抗があるようで、遠くから通っている人が多い。
私は別に身バレ平気だし、通勤が楽な方が良い。
普段使いのスーパーのカゴをキレイにしたかったので、
最寄りを選ばざるを得なかった。
冥王星の趣味部屋(第5室)改革はゼロ百というが、
趣味は時間・体力的に無理だし、子供は大人になり、
今は趣味ゼロ。なんだか少し息苦しい。(^^;)