娘が『アミ 小さな宇宙人』を読み始めた。
やっと読める歳になったか~!!という感じ。
「ママがベジタリアンめざしてた理由が分かった。」
とやっと共感を得た。
ベジタリアンは体に負担が大きく、結局挫けた。
35歳のころ、今よりほうれい線がふえて、
しわっしわになったもんね。
息子にはほんの一時期のことなのに、未だに
恨み節を言われる。
「昔の本なのに、津波の事が書いてあってビビった。」
と言うのだが、覚えてなかった。
調べて見ると、48ページに
『起きもしない巨大な津波がいつか押し寄せてきて
われわれを全滅させるだろう、というようなことを
空想して心配しながら生きていくのが賢明なことだ
と思うのかい。
この“いま”という瞬間を、こんなに美しい夜を
じゅうぶん満喫しなかったら、これこそなんと
おろかな事だろう』というアミのセリフがあった。
私が初めてアミを読んだ時は、まだ津波の予言など
なかったので、このセリフに気をとめることは
なかったのだ。
『愛が幸福にむかうゆいいつの道』という言葉に
深く感じ入るところがあったらしく、
娘は「今まで愛は信仰の延長で、道徳のルール
みたいなものだと思っていた」と告白した。
善行や徳積みは自分のために行っており、だれか
他の人のために愛を示す行為ではなかったんだ
そうだ。
若い頃の"良い子"とは大体そうしたものだろう。
私の若い頃はといえば、友達の家で見た地獄絵巻
が怖すぎて、その恐れから良い子でいようとして
いたので、信仰心に守られていたとも言える。
私も久しぶりに本を読み返してみることにした。
科学のレベルが愛のレベルを上回った時に、その
文明は滅びるというのだが、今はどうなんだろう。
世の中から、戦争をなくそうと思ったら、
世界中の科学者がバカなふりをして、兵器づくり
から手を引けばいいだけなんじゃないだろうか。
悪の権力者から兵器づくりを頼まれても、
できませ~ん、わかりませ~ん、で通せば済む。
それか、わざと失敗を繰り返して、解雇されるまで
(世界平和の貢献として)お金もらっていれば
いいんじゃないだろうか。
頭の中の事まで、他人に分かるわけないんだし。
文明が進むと比較競争というエゴはなくなる。
競争をしないスポーツ…?
円陣バレーくらいしか思いつかない。(^^;)