『行いは鏡だから、人に感謝を覚えるということは、自分も感謝されているということだ。』
というのが降ってきた。
就寝チャネリングで、ボブに『幸せだ』ということを何度も伝えてお礼を言った。
でもその一方で、世の中から不幸な人が消えないことを相談した。
ボブは『本当に不幸な人なんて存在するのかな?』と言った。
例えば、もう世の中に必要は充分あって、
不幸からの逃げ道や選択肢はいくらでもあるのに、それを選ばないで、
悲劇のヒロインに陶酔するのがその人の幸せかもしれない…?
選択という幸せ…?そんな自分勝手は救いようがない。
『救える限り救おうと思う事が肝心なのであって、
救えないことがかえって救いになることだってあるんだよ。』
とも言ってくれた。
テレビで2週連続でバイオレット・エバーガーデンのアニメ映画をやっていた。
1週目の作品は感性が合わず(お涙頂戴劇に見えて)最後まで視れなかった。
2週目の作品は郵便配達人を目指す孤児の女の子の話で、ほっこりして泣けた。
『配達人は幸せを届けるのが仕事。』というフレーズも良かった。
(メルカリ出品も喜んでもらおうとするところは似てる。)
恵まれない境遇の小さい子供が幸せになっていく話でいつも泣いてしまう。
お福ちゃんや漁多や多岐の過去生を思い出すからかもしれない。
バイオレット・エバーガーデンは、ヨーロッパ(フランス?)の
第二次世界大戦後の復興の過去生を無意識に読んだ作品かもしれず、
その時の孤児をレトリーバルする話だったから、心に響いたのかもしれない。
(1週目の作品はレトリーバルに失敗していたから響かなかったのだろう。)
(両腕と最愛の上司を失うところから始まるとか、悪夢でしかない。)
もし作品が無意識に読まれた過去生を描いたものだとしたら、
共通過去生を持つ人もいたかもしれない。
その過去生を作品として温めていたとしたら、盗作と勘違いするかもしれない
…とちょっと思った。