結婚は男女のものでなくてはならない。
婚と姻は、そういうことを示す字だから。
(『字』は分解すると宇宙の一から了までを示す。)
結を分解すると、糸と土あるいは士と口。
口の語源は受け皿。口の上は土か士。(『つちよし』、『さむらいよし』というらしい)。
土(つち)なら物質の意、士(さむらい)なら十一で、
十一面観音のような、心の中の優しい十一人の声、つまり魂の意だ。
それらを受ける『吉』とは、すなわち人のことだ。
糸は愛しむの意。結はつまり、人を愛しむということだ。
結縁(けちえん)に男女は関係ない。
魂(十一の声)を受けてのご縁を愛しむのが結縁。
しかし、婚と姻は、女がいなければ意味をなさない。
婚を分解すると、女と氏と日になる。
タロットのLOVERS(恋人たち)のカードが思い浮かぶ。
氏は男(女は史)を意味する。
日は個人的には太陽神であり、天中主(アメノナカヌシ)だと思っている。
女と、太陽神とそれを受けて具現化した男を意味する。
姻を分解すると女と因。因はさらに口と大に分解できる。
女の因果。因は布団と、男の象形が語源らしいが、
大いなるものの受け皿(口)と読むこともできる。
男は女が心に描き映し出す男神の受け皿ということになる。
婚と姻は殆ど同じような意味だ。
そういう人の異性間の愛しみを表すのが結婚と婚姻なのだと思う。
だから私は、同性間の結縁に、婚姻というコトバを使ってほしくない。
同性の結婚制度ではなく、結縁制度なら文句はない。
男が偉大と言われるのは、神の受け皿だから。その神を心に描き、受け皿に映し出すのは女。
男を偉大にしたければ、女はしっかり理想の神を心に描けばいい。