朝の散歩のあと、ふと感じたこと。


呼吸をして、歩く。

朝の散歩が好きだなと思った。

 

あまり人がいない時間の静けさから、皆が活動を開始する。
その、静けさと騒がしさの中間の「間」が好きだなと思った。

静かに夜が明け、皆が動き始める。
多くの動きがあり、少しずつ静かになって、夜を迎える。
毎日がその繰り返し。

 

思い出してみて、感じてみて、
一日一日が可愛いというか、素敵というか、愛おしい日々だなと思えた。

私でさえそう感じるのだから、
身体をもたない存在も、日々を見て、感じて、
ここが愛おしいし、面白いと感じるのだろうと思った。

その存在たちを見ている存在もまた、
面白いと思いながら、ともに存在しているのだろうなと思った。

 

 

 

 

毎日、何かを経験して一日が終わる。
その繰り返しを眺めていると、
私は自分で反物を織っているような感覚を覚えた。

 

織っているときは、それが何か分からない。
けれど後から過去を見たとき、
反物全体を見て初めて、その織り方や色を知る。

こんなところに織り傷がある、
こんな色を使っていたのかと気づく。

その気づきは、
嬉しさ、悲しさ、喜び、怒り、寂しさ、迷い――
さまざまな感情が、すべてそこにあったということだった。

すべてがあるからこそ、
こんなにも独特な柄が織られたのだな、と思う。

どれか一つでも欠けていたら、この柄にはならなかったのだと思う。

 

そして、私にしか織れない反物だと気づける。

私は、自分の織ってきた反物を見て、
「確かにこれは私にしか織れない」と嬉しくなる。
そして、織れることがありがたいと思う。

 

今日もまた、織っていく。
今織っている反物を、何年か後に見て、
きっとまた同じように感動するだろうと確信している。

 

私は、強くもあり、弱くもあり、
正しさもあり、間違いもする。
ちゃんと存在していることを、しっかり感じている。

 

生きるって、すごいなと思った。