天平時代の代表的な建築
唐招提寺金堂・東大寺法華堂(三月堂)・正倉院宝庫など

仏像
金剛像のほかに塑像乾漆像の技法が発達

塑像
東大寺法華堂:日光・月光菩薩像、
東大寺戒壇院:四天王像

乾漆像
法華堂:不空羂索観音像、
興福寺:八部衆像
など。

正倉院
聖武天皇の遺愛品を中心に、
宮廷で用いられた工芸品などが多くおさめられている(正倉院宝物)
唐ばかりでなく、唐を通じてもたらされたインド・ペルシア・アラビア・東南アジアなど
遠い異国のものや、外国の意匠をまねて日本でつくられたものも多い。


*仏像のつくり方*
日本の仏像は木像が多いが、飛鳥時代から金剛像もつくられている。
中子(中型)と外型の間に溶けた銅を流し込んで像をつくり、
表面に鍍金をしたもの。
天平時代の東大寺の大仏の場合は、8回にわかて鋳込みをしたという。

白鳳時代には塑像がはじまった。
木を芯にして上を粘土でかためたもの。
天平時代には塑像が流行したほか、新たに乾漆像がつくられた。
粘土や木で大体の形をつくり、上に麻布をはって漆でぬりかため、
できあがってから粘土などをぬいて軽くしたもの。

弘仁・貞観時代になると、木像とともに一木造の像が発達した。
仏像の頭部から胴体部にかけて、1本の木から掘りおこしたもので、、
干割れをふせぎ計量化をはかるために内刳りをほどこすことが多い。

平安後期には寄木造が流行。
像の各部分を分割shちえ別個につくり、
それらをはぎあわせて全体を完成させる方法。
分業による量産が可能で、小さな素材で大きな像をつくれるため、
仏像の大量需要に応じることができた。