朝6時頃。

子どもが起きる気配で目が覚めました。


「まだ寝ていていいからね」

そう言われて、私はそのままもう少しベッドの中にいました。



7時頃に起きてリビングへ行くと、子どもは化学の勉強をしていました。


昨夜も塾から帰ってきたのは遅い時間。


日曜日くらい、もう少し寝ていてもいいのにと思いましたが、本人は「1日10時間はやらないとダメ」と計画を立てているようです。


しかし、時間をこなすだけでは意味がないことも判っている様子でした。



私は朝食の準備をしながら、その背中を見ていました。





昨日の話の続きになりますが、今日は父の日。


朝食を食べながら、何気なく聞きました。


「お父さんにメールしないの?」


返ってきたのは、やはり同じ答えでした。

「しない。する必要がない」


続けて、こう言いました。

「たまにだって、連絡はするものでしょ。

もうさ…お父さん、全部諦めちゃってるよね。オレには、そう感じる」



私は、その言葉に少し驚きました。

子どもがそう感じていたことを、改めて知ったからです。


そして最後に、こう言いました。

「そういう奴、嫌いだから」


その一言が胸に残りました。



子どもの言う「諦め」とは何なのでしょう。


家族に向き合うことをやめることなのか。

それとも、自分のしてしまったことから目を背けることなのか。


本当はもう少し聞いてみたかったのですが、深く踏み込むのはやめました。





人は間違えることがあります。

誰かを傷つけてしまうこともあります。


もちろん、それはいけないこと。


けれど、それ以上にいけないのは、そのことに向き合わず、何もしないまま逃げてしまうことなのではないか。


そんなことを考えました。



いつの間にか子どもは、私が思っている以上に大人になっていました。


ごまかしは効きません。きれいごとも通用しません。人が何を言うかではなく、何をしているかを見ています。




以前、夫は子どもにこう言ったそうです。

「俺がいなくたって(勉強)できてるじゃん」


でも、それは違うと思いました。


夫がいないからできているのではありません。

夫がいなくても、やらなければならないからやっているだけです。





受験生の子どもにとっては、父の日どころではないのかもしれません。


それでも今日、朝から机に向かう姿と「そういう奴、嫌いだから」という一言に、子どもの成長を感じました。




少し誇らしくて、少し切なくて


胸がざわつきました。