花神 中4 | WriteBeardのブログ

WriteBeardのブログ

ブログの説明を入力します。

{6964AB87-E445-4B10-91A8-62BD1748FF90:01}


花神 中4

蔵六が帰国してから、お琴は美しくなった
村中の評判であった

そうでしょうか

ある日、蔵六が書見していた時に聞いた

お琴は確かに美しくなった

お琴はそれだけにしておけば良かった
この村にお初さんという中年の美女がいる

お初さんより美しいでしょうか

気性の愛らしさを含めれば美しかろう

では、大坂や宇和島でご覧になった中で何番めでしょうか

田舎臭いのが欠点である

お琴をひどく傷つけた

では、どなたがお美しゅうございましたか、上目で蔵六を見た

イネどのが美しいように思えたな

お琴は眉を上げた

そのひとは田舎臭うはございませなんだか

長崎生まれである、長崎は上方や江戸より涼やかなようだ

シーボルト先生、お琴は口走った
思い出したのである
蔵六が宇和島で面倒みた話を

そのお人ですか
思わず声がうわずったとき、

蔵六は素早く縁側に出て、畑に走った


元治元年長州は軍を編成し大坂湾に入った
京の郊外に布陣し包囲体勢をとった
ついに御所に迫り幕軍に阻まれ潰乱した

しかも同時期に下関沿岸で英仏米蘭と戦った、戦いは四ヶ国の一方的な勝利に終わった

元治元年の後半、長州は荒れに荒れた
長州征伐に屈し政変が起き佐幕派が政権をとった
程なく高杉晋作が農民を掻き集め下関でクーデターを起こし佐幕派を破り反幕攘夷政権になった

おもしろい時勢になった
が、この灰神楽の舞い立つ時期にそれを治める政治家がいない

高杉晋作は天才的な革命家であっても政治家ではない

ただし、一人いる
桂小五郎であった
桂は高杉晋作のような天才性はなく、久坂玄瑞のように学才もなく、井上聞多や伊藤俊輔のような機略もなかった

桂は常に止め男になった、彼らが失敗すると尻拭いをしてやった

蛤御門の変は京の大半を焼いた
桂は乞食姿になり三条の橋下に潜伏した
彼の愛人芸妓幾松が様々な介抱をした

ある時はあんまに変装し、新選組に怪しまれ同行を求められたとき、腹痛を訴え民家の厠を借りた
あまりにも長いので戸を開けると桂の姿は無かった
汲み取り口から逃げたのである

更に桂を救ったのは、甚助直蔵兄弟であった
きこりの姿をさせ、但馬の出石に逃がした

桂はどこに行ったのか
たれも知らなかった、ただ二人だけ知っていた

ひとりは村田蔵六、ひとりは伊藤俊輔であった

桂の潜伏所は小さな百姓家で小柄な後家と色の黒い切れ長の娘が世話をした
やがて想いがただならなくなったのであろう、やがて身ごもったが、結局流産してしまった
惜しいことでした、木戸さんは晩年実子がございませんでしたからねと代変わりの主人

生きる望みを失いかけた日々、長州内で内訌が勃発したと、ほのかに聞いた
クーデターである

本当だろうか
桂は直蔵に打ち明けた

よろしゅうございます
私が長州へ下って探索して参りましょう

長州ではどなたにお会いすればよろしゅうございます

高杉は奇矯すぎる
村田蔵六がいい、村田は口が硬く志操が堅固なうえにあくまでし遂げてくれる

四境戦争が始まったら、蔵六を大将にすればどうであろう

甚助が下関に上陸した
上方の古手屋が参っております、手代が蔵六につげた
古手屋に用はないというと、大坂の緒方様からことづけを持って来てるという

蔵六が部屋に通すと、甚助は包みを開け、一通の手紙を出した

それが桂の筆跡と見たとき動機が聞こえるようであった

桂が、ここまで信じてくれるのか
俺は本来百姓である
数ある藩士を置き
わしを選んでくれた
桂のためなら死んでもいい

蔵六はこの間、伊藤俊輔を呼びにやってる
源平のむかしこのかた、要談は二人以上で聞く習慣になっている

長州藩革新の指導者高杉晋作でさえ、
桂が必要になって来たのに、あの男はどこにいるのか、と居所を知らなかった

多分に軽躁浮薄だった伊藤俊輔も沈黙を守った

蔵六は甚助が帰った後、伊藤に

もし、洩れたとあれば、やむを得ませぬ、私はあなたを斬る、むろん私も自害

伊藤は驚いて、
先生、撃剣ができるのでありますか?

できませぬ、羅漢のように半眼を閉じて言った

ところで、伊藤さんはできますか?

私は、伊藤はつい嘘をついた

少しできます

桂が欲しい、高杉は言い続け、ついに、伊藤から蔵六が知っていることを聞き出した

密かにお尋ね申し候
桂小の居処は丹波にてござ候や、但馬にてござ候や
また、但馬なれば何村何兵衛の処にまかりあり候や

高杉から手紙を受け取ったとき、蔵六は下関の軍艦の上にいる
艦上で返事を書き、陽が沈むと密かに帆をあげて西へ去った

明治後、蔵六は上海へ行った、と語られている
やがて来襲する幕軍との戦うため、大量のミニェー銃を仕入れねばならなかった

元込式のミニェー銃さえ十分にあれば、三倍の力を発揮できます

が、藩に金がない
軍艦壬戌丸を売ってその金で買えばどうか、藩はその案を採用した

が、軍艦を売り銃を買うと言う港市は日本にない
横浜や長崎は幕府の独占貿易で徳川家のものなのである
しかも幕府は大名の貿易を許していない

となると密航して上海まで行くしかなかった
途方もない冒険であった

見つかれば死刑である
長州藩の名前が出れば、困る

村田、行ってくれるか
蔵六に命令が下った
蔵六は雇士だった、もし捕えられたとき、

あれは我が藩のものにあらず、と言い逃れるであろう

維新後も、蔵六は、
私は外国へ行ったことがありません、と長州の国家秘密を守った