二の四 お雅
あの子だけが不安である
晋作は江戸にいる
虫を起こさねばよいが
晋作には少年に頃から何をしでかすかわからない鬱懐があった
気管支が特別弱く風邪をひくとなかなか治らない
いっそ江戸からよびかえそう
父小忠太は矢も盾もたまらず言い出したのは、松蔭が江戸に送られた頃である
小忠太は松蔭との師弟関係を知らなかったが、においは嗅いでいる
昌平黌を退学し、急ぎ国もとに戻れ
左様でありますか、晋作は従順だった
先生は悲しむだろう
松蔭は悲しがりである
晋作は韮山笠をいただき手甲脚絆で固め、安政六年十月十七日江戸を発ち萩に向かった
晋作が萩に帰った翌々日、小忠太が座敷に晋作を呼んだ
床の間の壺に大菊小菊が活けられている
晋作、縁談がおこっている
身を固めさせると落ち着くかもしれないと小忠太が進めていた
相手は?
井上のお雅どのだ
本当か⁈
井上家は高杉家より格上で、今年十四になる娘がいる
井上様のお嬢様が城下第一でございましょう
晋作はその娘を見たことがない
晋作め、心を動かしおったな
井上家は直ぐに応じなかった、お雅の評判が高く縁談が五件来ていた
当主は萩に居ない、お父さんの諏訪忠平が二件を削り、三件のこよりを作り井上家を訪ねた
お雅、話がある、庭の祠にゆき、お雅に柏手を打たせた
お雅、引いてみろ
引けば何か下さるのですか
俺じゃない、神さまが下さるのだ
こう?
ほぐしてみろ
ほぐした、高杉晋作とある
それがおまえの婿殿の名前だ
そいつは三国一のむこだぜ、後で知った兄が、明倫館でとびきりの秀才だと言った
縁談が決まった
決まってから松蔭の刑死を知り、晋作は目先が急に冬の荒れうみになったような衝撃を受けた
この日、松本村に走り、松蔭が閉居していた三畳間へ上がり半日ぼう然と暮らした
この人の志を継ぐ者は自分しかいない
この年、晋作は二十歳である
お雅との婚儀が行われたのは、年明け一月二十三日である
婚儀が済み、床入りの儀があった
床入りの杯のときに綿帽子を脱いだお雅を晋作は初めて見た
おもわず息を忘れたほどに、お雅は美しかった
これは煩悩だ、晋作は自戒した
晋作の精神はちょっと可笑しい、そのくせ性欲は人一倍激しいほうであった
雪の夜
お雅と晋作の膝の間に、三方が置かれ、からわけが一枚乗っているだけである
ここで御話があるのだ
お雅は手順をそのように聞かされている、新郎がゆくゆく生涯の希望や要望を新婦に語るのだ
が、晋作はからわけに冷酒を注いでは飲んでいる、お雅にも冷酒を与えなければならないのだが、新郎はアガってしまった
お雅は顔を伏せ静かに呼吸している
突如、晋作がものを言った
お雅どの、雑煮が出たな
はい、出ました
具はなにとなにと入っていた?
お餅でございましょう、それにお大根、お芋、お昆布、平がつお、そうそう、おやきも、たしか
間違っていましょうか
わしはな、何も覚えとらんのじゃ
お雅が偉いのか、女というものが偉いのか
お雅どのは婚礼の席で逆上せなんだか?
逆上せると申しますと?
おつむがポッとなることだ
なりました
うそをつけ
雑煮の具を覚えているのは沈着だった証拠ではないか
雑煮の具ぐらい、覚えているのが何が悪いのでしょう
いや、偉いというのだ
・・・ああ
なんだ
お杯をいただきとうございます
あ、からわけをお雅に与え冷たい酒を注いでやった
お雅はその素焼の杯を肉付きのいい唇に含み、少し傾け、ちょっと飲み、やがて微かなため息をついた
ああ、抱きたい、晋作は危うく声に出して言いそうになった
晋作は二十一ながら江戸への道中や江戸滞在中に数えきれぬ女を知った
旅籠の酌婦か吉原の遊女である
お雅、寝ろ、晋作はからりと言った
晋作は夜半に目が覚めた
たれだろう、横の暖かみへ手が動いた、妓楼にいると錯覚した、そこに眠っているのは、かさの低い十四のお雅の小柄な肉体であった、まだ子供である、晋作の胸に寄せるように寝息を立てている、お雅の儚さが晋作の感情を奇妙にした、かわゆさを感じた
しかし、これが煩悩というものだ
人間にとって一生はどういう意味を持つか、松蔭によって鮮明になった
お雅は敵なのだ
晋作は手を動かした、お雅が濡れている、起きていたのか
さっきから
外は雪ではないか
航海
お雅、わしは船乗りになる、結婚一月後に言い出した
お船がお好きでございますか
船など好きなものか
晋作は絵が描ける、が画家の才能はなかった、剣術にも熱中した、が江戸には俊才が雲のようにいる
晋作はまぎれもない天才なのだが、なんの天才なのか見当がつかない
長州藩の先覚的事業はオランダ医学校を作ったことである、更に軍艦教授所を作った、丙辰丸という西洋式木造帆船を練習艦として作り、萩の湾に浮かべた
ひやぁ、城のようじゃ
三本マストの風帆船であった
これで、宇宙へ押し出せますか、晋作は艦長松島に聞いた
松島は藩主に、折角御軍艦を任されました以上、江戸まで航海をしたいと存じます、と願い出た
頼み入ります、私も御軍艦仲間に加えて下さるわけにはいきませんか
いいでしょう
父が許すか
意外にも、軍艦教授所に入りたい?面白い思案ではあるまいか、と賛同した、寅次郎の過激活動に入るよりましである
この日、安政七年三月三日、江戸では大老井伊直弼が水戸浪士により桜田門外で殺される
軍艦教授所に通い出す
オランダ語の号令を覚えたり、星を見て位置と時間を測ったり、海の深さを測ったり、羅針盤の扱い、海図の読み方など
なんとくだらない、晋作は失望した
丙辰丸はいよいよ四月五日に出航する
是非、私を
良いでしょう
出航の日、暴風が吹いた、松島は用心深く一週間萩湾に座った
よたよたと航海し紀州沖に出るまで四十日かかった、江戸までは二カ月を要した、途中遠州灘では転覆しそうになった
この時の船酔いで、晋作は数日廃人のようになった
船乗りにさえなれないのか
一航海で志が一変してしまった
信州松代
晋作は船酔いで爪の色まで真っ蒼になりながら品川の岸壁を登った
高杉君、どこへゆくのだ
艦長松島が声をかけた
品川の色里へでもゆきます
その体でそんな元気があるのか
松島は当然怒鳴り上げるべきだったが、高杉の家格の手前、やっと我慢した
やめた、藩から苦情が出たら腹を切ればいい
晋作は、品川の土蔵相模という妓楼に行き、おせんと寝た
船酔いは治り丼メシを二杯平らげた
最初の戯れが終わってからまた飯を注文した、晋作は血相を変えて食った、その食欲の凄まじさにおせんは
丼に妬けます、と大真面目に言った
ケッケッケッ、当たり前だ、女郎は食えまい
どうぞ、お召し上がりになるならご存分に
ああ、食ってやる
晋作はいきなりおせんの長襦袢の裾に左手を差し入れ、あっと言う叫びをおせんに上げさせた、おせんにとって最も敏感な部分に鋭い痛みが噴き起こって小さな肉片でも千切れたようだった
おせんにとって事実であったことは、晋作の指先に米粒ほどの赤いものが摘み上げられている、晋作はそれを食ってしまった
食われてしまった
おせんは不意に醜い表情になり、泣き出した
しかし泣いている場合でない、おせんは跳ね起きて医者を呼ぼうした
晋作はそんなおせんの肩を二本の箸先で抑え
あれは刺身だ、と教えてやった
おせんは力が抜け、たかさまらしくもない、悪い悪戯を
おせんは晋作に惹かれている
腹の虫は収まらないが、莨を煙管に詰めてやった
イエンか、松蔭は煙をイエンと言って嫌っていた
松蔭と自分はあまりに違う、松蔭は生涯婦人には不犯で晋作は婦人を好む、もし婦人と十日接しなければ精神が正常であることに自信を失うくらいに
江戸の藩邸では久坂玄瑞が待っていた、どうじゃったかぃのぅ
この低脳どもが、品川の土蔵相模のことかね
品川にも登楼ったのか
フン!三日いた
船は?
やめた、わしはどうやらこれだな、と肩の刀へ顎をしゃくった
晋作は藩邸の当役に、とても帰国は、このまましばらく江戸に滞留して撃剣と文学をやらせて頂きたいと言った
簡単に許してくれた
ところが急使が来た、江戸のような書生の多い町では晋作が悪い風に感染するかもしれぬ、父小忠太は、晋作、帰れと命じた
せめてまわり道の帰国を許されたい
まあ、それなら小忠太どのも反対されまい、と承知した
高杉晋作が象山のいる信州松代に入ったのは万延元年九月二十一日である、随分乱暴な書生がいたものだ、竹刀と防具しか持ってない
象山は閉門の刑に服しており門には青竹が組まれ窓には板が打ち付けられている
毛利家高杉晋作、江戸より参りました
むろん断られた
長崎屋の亭主が一つ方法を教えてくれた、出入りの山口屋が勝手の用を務めております、晋作は病人になり、象山に診察を願った
深夜なら差支えない、藩庁の許可が下りる
そこもとは、寅次郎の弟子か
救国の一事は開国よ
晋作は攘夷に凝り固まっていた
無知もいい加減にせい!
やがて辞し、象山先生の大ボラ吹き!と叫んでかけた
二の五 福と狂
彼は藩許の諸国漫遊から戻ると、明倫館舎長を命ぜられた
学生の面倒を見る書生大将のようなもので、寵児の扱いである
高杉の坊っちゃまが世子のお小姓役に抜きんでられた、と広まったのは4カ月後である
世子とは藩の太子で、小姓は貴人のそばで御用を務める役目で、将来の藩内閣になる
夕方帰ると、お雅が膝をつき、おめでとうございます、と言った
なんだ?
お雅が一件を伝えると、父上が細工されたのに違いない、わしにむくと思うか、お雅、世子を存じ上げておるか
いいえ、存じ上げておりませぬ
お前は何も知らんな
お雅は肩を震わせた、泣いている
女とは難しい
晋作は御殿に上がった
世子毛利元徳は晋作と同年である
御殿の濡れ縁に平伏してお目見得する
ああ、小忠太のせがれか
晋作、そちはこの世で何が一番すきだ?
おんなが好きでございます
ホウホウ、予はそれらの婦人を見たこともない
六月になるとお雅が風邪を引き高熱に伏した、晋作は夜陰看病しひたいの濡れ手拭いを十日取り替えた
晩年、それは名状しがたいものでございました、と洩らした
狂者の道より福者の道をたどるべきか、お雅を看病しながら考えていた
六月半ば、彼の人事が変わった
御番手として江戸に発つように
小忠太すら知らなかった
ペリー来航以来、江戸湾の警備をする役目である
この当時、江戸の長州藩邸は過激書生の巣窟で、桂小五郎、久坂玄瑞、井上聞多、伊藤俊輔などである
どの男も、夷狄斬るべしという
書生たちの弱みは、総大将いないことだった
高杉が居たら
密かに運動して、晋作を御番手として江戸に呼ぶ工作をした
これで、俺の一生は決まった、晋作は思う
七月十日萩城下を発った、三十日江戸に着き、同志の歓声に迎えられた
毛利敬親
この藩の殿様は、そうせい侯と陰口を叩かれた
松蔭が上申すると、ああ、そうせい、と許可を与える
敬親は、歩行も辛いほど太って顔が脹れ顔面が神経痛で歪んでいた
この文久元年、毛利敬親に密勅が舞い込んだ
近頃、天文を観望し時勢を占えば国がひっくり返るような騒動があると出た、蛮夷が日本を侵略すべく窺っている時に、京を警備する兵がない
国元から摂州大阪西宮神戸辺りに潜伏し、京に変あらば内裏を守護してくれまいか
長井雅楽
攘夷の本山と言われた水戸藩は藤田東湖が地震で圧死し時勢から後退する
水戸藩を継ぐ者は我が長州ならん、
長州の狂気が沸騰してゆく
丙辰丸の艦長松島剛蔵が初期の志士で桂小五郎と繋留中の丙辰丸で密会する
長州には誇るべき人材が二人いる
むろん晋作など船酔いの青小僧である
長井雅楽、周布政之助、でござる
そういう時期、井伊直弼さん桜田門外の変で死んだとはいえ、安政条約を実行せねばならない
開国であった
神国を夷人の靴で汚すな
時に天皇は孝明天皇である
国際法上は徳川将軍であったが、日本の元首はあくまで天皇である
しかし天皇と公卿は知識も情報もなく、神州の聖域にそういう者を入れては皇祖皇宗になんとお詫びしていいかわからない、と怯えた
やむなく門戸を開こうとする江戸と、外には攘夷、内には鎖国という京都である、京には長州藩と薩摩藩が時勢の舞台に踊りでようとしている
もう何が何であるかわからなくなった、毛利敬親は長井雅楽を江戸から萩に帰らせた
何か妙案はないか
ないと言えば、長井に非業の運命は無かったであろう
長井は、航海遠略策という意見書を書いた
日本はこの機会に開国し艦船を増やし貿易し貢物なくば許さぬという大方針に出るべきと
毛利敬親は感嘆し、幕府は喜び、朝廷も感じる入った
暗殺
この策は日本の将来を展望し、それを薔薇色に予想して見せたが、志士達には不満であった
長井斬るべし!
長井は自分の藩の過激書生久坂玄瑞、伊藤俊輔といった攘夷派テロリストに追い回されるはめになる
時勢の魔法は長井を追い回した伊藤俊輔が後、博文と名を変えて明治政府の有力者になることでもわかる
この時期、薩摩の西郷までが、長井雅楽と申すは大奸物、長井を討たねばならない、といった
絶頂人気のなか、長井雅楽が江戸にやってきた
斬る以外ない、久坂玄瑞は鼻息を荒げる、高杉君、君はどうだ
斬ればいいじゃないか、あっさり言う、明日斬るか
いや待て、準備がいる
どう言う準備か
周布政之助が江戸に来ている、議論してからだ
翌日、麻布の藩邸に久坂と晋作が尋ねる
周布先生、長州は水戸、薩摩に遅れを取ってよいものでしょうか
同感じゃ
しかし長井殿の航海遠略策、ありゃなんでございます?
久坂、攘夷攘夷というが、それだけじゃ日本は立たん
さすれば周布先生も開国貿易論でございますか、結果は亡国でございますぞ、日本に売る物産がありますか、買う一方で金が海外に流れ日本は滅亡します
売るものが無くなれば、作る方法を講じればよいではないか
負けやがった、晋作は横で見てる
しかし幕府ではできません、幕府には国家国民もなく、自家の安泰と利益の天下です
できまいなぁ
結局は倒幕
これ、大きい声で言うな!
幕府に攘夷を迫り、幕府を窮地に陥れ、やがて幕府を倒します
久坂、今の言葉聞かなかったことにする
帰路、晋作が不意に立ち止まり、
十日のうちに長井を斬ってしまおう
相談は明日、土蔵相模だといった
長州人
桂小五郎、後の木戸孝允、松蔭より三つ下である
桂はどうも自分とは違うようだ
あれは剣術つかいだ、松蔭は剣術つかいが嫌いだった
桂は現実家で狂人にはならない
木戸孝允さんは松下村塾の門人ではないんだ、明治後、品川弥二郎が語った
桂小五郎はこの年、二十八である
桜田藩邸では書生大将の位置にある
久坂、晋作が土蔵相模に遊びに行った夜、桂は後を追い、土蔵相模に上がり、隣の部屋に入った
襖越しに聞き耳を立てると、案の定、長井雅楽を暗殺する相談である
妓が入って来た、急用を思い出した、とむずがる妓をなだめ土蔵相模を出た
麻布藩邸に周布を訪ねこの一件を洩らした、連中は私の手に負えない
久坂は分かるが、高杉は本気かね?
あの男はふざけているのではないか
桂は一策を周布に献策した
そいつはいい!膝を打った
翌朝、晋作が藩邸に戻ると、急ぎ麻布の御屋敷に参るように、周布から差紙が来ている
御用部屋に入ると、周布が裃姿で正座している
長井暗殺の件、ばれたか⁈
昨夜、夢を見たよ、どんな夢かと言えば、馬鹿が五、六人、品川の土蔵相模に集まり、藩の重役を斬ろうと相談している
やはりばれてる
そいつは正夢です、実は久坂と楢崎で、長井雅楽の部屋を襲ってやってしまった、死骸は堀に投げ込んでおきましたがね
げ、早や、殺ったか!
周布ほどの男が真っ青になった
左様、堀に投げたところで目が覚めた
あ、お前のも夢か
左様、夢には夢の話がいいでしょう
実は困っている
来春早々、幕府から派遣使節が上海に行く、長州からたれを行かせるか
意中の人がおありでしょう
左様、お前よ
私?晋作は身を乗り出した、周布の釣り針にかかった
しかし今はダメだな
なぜ、ダメですか
藩の重役を殺せば、お前は死罪、死人を上海にやれるか?
待った!長井雅楽殺しは中止します
こいつ、正気か
中止では困る、断念したと言え
断念した
しかし久坂が承知すまい
承知させます、長井ごとき殺すより上海を見て日本百年の計を立てるが大事でしょう
釣った
武士に二言はあるまいな
くどいなぁ、あれは夢の話ですぜ
上海にて
文久二年初夏、高杉晋作は上海へ洋行した
まず長崎へ行った
幕府の役人どもがぐずぐずして出航が遅れた
彼は多額の旅費を貰って来ていたが、滞留が長引き、公費でまだ十六、七の芸妓をひかせて同棲し煮炊きをさせた、身請金が大きく、持ち金が心細くなった
もう一度、あたいを売ンなさればよかでしょう
晋作は涙を飲んで彼女を売った
あの芸妓のおかげで遊興代は要らず、女中も要らず、妙な帳尻になった
あんな気立てのいいやつはいなかった、後々言う
晋作を乗せた千歳丸が長崎を抜錨したのは文久二年四月二十九日の早暁であった
この時期の幕府幕府やる事なす事間が抜けていた、人選で時勢の緊張が欠けていた
こんな連中が、晋作が見ても
なんの志もないその日暮らしの小役人を選んだ
諸藩は違っていた
長州は高杉晋作、佐賀藩は中牟田倉之助とびきりの秀才、薩摩藩は五代才助、五代は従者になれず炊事夫に化けて潜り込んだ
晋作の主人は幕府小人目付犬飼という鼻の大きな中年男だった
埒ァねえ、仕方がない
俺ァ、旅なんぞ出たくなかったんだが、同役にすり替えられた、上役に鼻薬きかしゃがって、俺にお鉢が回ってきた、埒ァねえ
五月六日上海港に着いた
川蒸気に曳かれて江を遡る、晋作は甲板にもたれ両側の風景を見る、肝を潰す思いであった
黒船が無数に碇泊しマストは森林の如く水面を覆う
陸上には銀行、商社、領事館などの洋館がびっしり並ぶ、晋作は驚嘆し、西洋の富力と文明の豪勢さが彼の想像力を遥かに超えていた
晋作らは上海に二カ月いた
シナ人と知り合うと、なぜお前達は白人と戦わぬのか、と筆談した
数学こそ西洋文明のタネに違いない、書店で代数書や科学技術の英書を買った
西洋文明の正体は道具である、道具をふんだんに作り出して巨力を生み出す、モトはどうやら数学だ
佐賀藩の中牟田と語り合う
驚いたことに、中牟田は代数、幾何学を知っていた、英書を翻訳して貰った、中牟田は英語が読めた
中牟田、五代と外国領事館、商館を訪ね談話を精力的に聞いた
上海から日本を眺めてみると、幕府など屁のようなものかもしれん
幕府は最大の大名に過ぎず、弱兵揃いで、二、三の大名が押し倒せば朽木のように倒せる、上海ゆきの最大の収穫であった
攘夷をもって国民的元気を盛り上げ沸騰させ大名を連合させ、その勢いで幕府を倒す
晋作は陳家を訪ね談話していると英兵が入ってきた、そばに来て、その佩刀を見せてくれ、と腰の蠟色鞘の大刀を指差した
晋作は座ったままスラリと抜き、つば音を立てて柄の端を高く握り刀身を立て、見ろ!日本語で言った
英国人どもは一斉に退き、やがて寄り、その光芒と鋭利さに驚き、手にとって見たそうだったが、晋作の形相に遠慮して手を出せない
触れば斬る!と目を欹てた
戦争と革命
維新後、長州長州と御大層に言うが、御一新を拾ったようなものだ、幕末滅亡寸前だったのだ
滅亡寸前に坂本竜馬の斡旋で薩長同盟で蘇生し倒幕の二大勢力に成り得た
彼は上海を見た時、日本は百戦百敗すると思った
大いに開国し貿易し西洋技術を導入し日本の体質を一変させねばならないが、幕府の手でやれば徳川家が肥大するだけだ
日本に公的政府を作るべきだ、それには天皇家を担ぎ出すことだ
徳川政体を否定し統一国家にもってゆき、その上で、開国だ
戦争でなきゃどうにもならん、外国を怒らせ戦争に持ち込む、大名、家来、百姓、女子供、侵略軍と戦い、山は燃え、野は焦土になり流民が出、既成秩序は壊れ幕府も何もなくなり新国家が生まれる
負ければ植民地になる
負けやせん
日本の人口は三千万、戦えるとは四百万、外国は十万も運べまい
戦争た!
アメリカは元々英国の属国だった、英国は利を貪り米民は苦しんだ
ワシントンなる者、民を率い英人を拒絶鎖国攘夷を行い、遂に独立を勝ち取った
晋作が革命家になるのは上海から帰ってからである
動けば雷電の如く、発すれば風雨の如し、伊藤博文が晋作の墓碑に刻んだように
