進藤祐光の多事争論 -26ページ目

進藤祐光の多事争論

世の中を見つめるカメラになりたい





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改名しました。

進藤福男(しんどうふくお)


宜しくお願い致します!




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福岡市内の天神地区に西鉄ソラリアという商業施設がある。

いつも人で溢れている。

その地下1Fのフロアーにアンモナイトの化石がたくさんあります。

今日探検に行ってきました。

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あるある!

たくさんあります!

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30分で7.8個は確認できました!


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これは凄い!

どこから切りだされたのかはわかりませんが凄ごすぎる!


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お客さんは若い女性が多い中、男二人で床を眺めては写真を撮るという変な感じでしたがとても楽しみ時間でした!


まだまだあるらしいので次回お知らせいたします!






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一瞬で1日が終わってしまった。

今日接した方々は本当に写真のよさや楽しさや仕上がりの良さをわかっていただけたのだろうか?

写真というものは良し悪しの基準がない。
それこそコンパクトデジカメを首からさげて写真家と書いてある名刺をだせば明日から誰でもプロとして活動ができる。
それくらい簡単になれる仕事なのだ。

僕が会社勤めの経験をさせてもらった時期、先輩方に賞をとれ。賞を。と言われ続けた。
ようはコンペで大賞をとれと言われていた。
そういうことで名前を売って顔をうって仕事につなげるのだ!という感じだ。

時期があって年末年始の忙しい時期に締め切りだったから集中してつくることがなかなかどうしてって感じでつくられていた。

僕は写真で参加しているがデザインが本当に好きな方と言葉が本当に好きな方とひとつのテーマにそっていろいろと話をしてつくっていってた。
その時間は決められた9時5時ではなく四六時中話してた。飯食べながらでも酒のんでもずーっとだ。
そうしてそれぞれの力を発揮してたのだ。
僕はカメラやレンズの実験をしたり、普段仕事じゃやれないようなことをやったりしていた。

20年たずさわった広告業界では参加させていただいたお仕事の写真で色んな賞をいただいた。

そろそろ自分の仕事をはじめよう!

ここ数年、人の為に生きていて、人の事に重きをおいていた。
自分のことは3の次だった。

今年はちょっと写真活動をしよう。

プロでもアマチュアでも参加していい世界規模のコンテストとかって最近あるのかな?

なんかやってみよう!



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黄砂がものすごい舞ってる中、あちらこちらへと行ってきた。

見晴らしのよい展望台で抱きあうカップルや海辺の灯台でよりそうカップルを眺めながら写真撮ってきた。

福岡にも春が来そうな気配だ。









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平成26年らしい。

今1番働いて学ぶ時期の子らは平成産まれ。

社会を動かしていたり、適切な判断をする方々はだいたい昭和産まれ。

昭和と平成

この時代の差を感じる事が最近ある。

僕らの世代の事を親世代は全く理解出来ない面もあるのだろう。

埋まらない隙間を埋めようと努力すればするほど肩透かしをくらう。

僕自身の昭和がどんな時代だった記憶が薄くなってる部分がある。 平成も26年経ったけどそんなに強烈だった記憶はない。  

もしかしたら僕が過去は振り返らない人だからそう感じているのかもしれない。

猛烈なスピードで世の中進んでいる今現在昭和産まれの僕が普段生活している福岡市中央区唐人町の時間軸と僕自身が持つ時間軸が全く違うのだ。

浦島太郎ばりのとまどい。
これを ゼネレーションギャップとでも言うのか?

あまり難しくは考えるのは嫌いだからどうでもいい話だが、どうでもよくない。

今現在の情報化社会では生身で触れ合う地域ご近所さんとのお付き合いなどの地元コミュニティーよりネット環境内でのワールドワイドなコミュニティーがリアル。

けど、昭和産だろうが平成産だろうが時間は平等に一瞬で過ぎ去っていく。

僕自身写真を通して世の中とかかわりながら今を大切に生きたいと願っている。


ところで僕の身のまわりにいる平成産まれはいつになったら眼を覚ましてくれるのだろうか?
はっ と気づいてからの自分の行動ひとつで心の扉が開くのに。

まーいいや。

夜にゼネレーションギャップの事を苦悩する自分自身が昭和的なんだろうな。
平成的は何も気にせずいびきかいて寝てるはずだ。

何も喋らなくても意識だけで通じあえるコミュニケーションができるようになれればいいな。