一考 | 進藤祐光の多事争論

進藤祐光の多事争論

世の中を見つめるカメラになりたい


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身体はクタクタなのだが、どうしても自分に必要な時間がある。

妄想Timeだ。

福岡市に姪浜という地名の街があり、市営渡船場から15分フェリーに乗ったら能古島という島がある。

一周車で30分もあれば周れる小さな島だ。

アイランドパークという名の季節季節のお花がパコーーんと咲き乱れるそれはそれは美しい世界が楽しめる素晴らしい公園がある。

友人はその公園で記憶がなくなるまで騒ぎ、朝方のマジックアワーに目が覚めた時に広がる一面のお花畑をみて、死んだと思ったらしい。これが死後の世界なんだ と思った と言っていた。

生を実感する正気に戻るまでだいぶん時間がかかったみたいだ。


作家の檀一雄氏の晩年過ごした書斎も能古島にある。

檀氏はきっとボケーと海を眺めながら風の音を聞きながら流れる雲をみながら後生に残る名作を妄想していたに違いない。

能古島は当然だが360度海を見渡せ、東の方角に福岡市内を遠目に眺められ、南は福岡西部の山々を眺め、西は遥か彼方まで海を眺め、北は遠く韓国まで続く玄界灘を眺めれる。


だいたい僕の地元唐人町まで自家用船で走っても30分もかからない距離。
夏はジェットスキーでも通よえるはずだ。

春は無心でアサリを掘り、夏は岸壁で青物を釣り、秋は畑で収穫し、冬は毎晩鍋を食う。



今、心は能古島にある。

都内にいると自然がない。
街中では見上げても空が見えにくい。

能古島に住んで自給自足の生活をしながら静かに暮らしたい。

そんな妄想なう。