顔が見える | 進藤祐光の多事争論

進藤祐光の多事争論

世の中を見つめるカメラになりたい


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世田谷区民の体内からセシウムが検出されたという。福島二本松という土地で作られた米からセシウム検出というニュースを聞いた時、いよいよ迫り来る放射能汚染の体内被爆の実害が始まってきたのだ という恐ろしさを感じる。

日本国政府や東京電力や官僚役人達、テレビ局、新聞社は、既得権を守り、自分さえよければ的な乞食のような生き方をするがために、今から始まる末恐ろしい現実に悔やまれる日が必ずくるだろう。

そして、我が家族、子供達が癌を発病した時に原子力政策を悔やむだろう。

その悔やまれる時がきた時に1番被害受けているのが今の10歳未満の子供達だ。

沖縄近辺の離島に汚染物処理場を作る計画があるらしいが、絶対に辞めたほうがいい。

いままでは事件事故がうやむやにされ数年もすれば風化して忘れ去られた事とされてきたが、今から先はそうはいかない時代だろう。

本当に守らなければならないモノは何か?
本当に必要な事は何か?

もしも自分の家族が内部被爆し、癌を発病しようもんなら、マイトを巻き、しかる場所へ出向き、吹き飛ばしてやるつもりだ。

誰がそんな国にしたのか?

もういいかげんにめをさまさないとよのなかくるってきているはどめがきかない。

遅かれ早かれ人間には寿命がある。
金なんて紙切れを抱いて死ぬ馬鹿な奴はいない。

人間子々孫々、受け継ぎ受け継がれる意志がある。

こんなくだらない世の中にはヘドがでる。

だが、気合いを入れて写真でしのいで生きていく。

これも宿命と役目。

えらいもんを教わったもんだ。

とモノおもう日曜の夜。