創価学会 池田名誉会長の広布拡大の足跡や創価学会発展の歴史を皆さんと一緒にたどりながら、
未入会の方にはこのブログを通して創価学会のことを知っていただきたいと思います。
私なりの広布拡大です。
紹介文については創価学会HP より抜粋させて頂いております。
立正安国論
立正安国論(りっしょうあんこくろん) 幕府の最高権力者・北条時頼(ときより)に提出した第1回の諌暁(かんぎょう=いさめさとす)の書。「立正安国」とは“正法を立てて国を安んずる”との意。
大聖人が立宗宣言して以来7年間、正嘉元年(1257年)の大震災はじめ、 天災地変、飢饉、疫病が相次ぎ、民衆が苦悩していた。 仏典ではこれを三災七難と説く。 本抄では、主人と客との問答・対話形式によって、 三災七難が起こる根本原因を、金光明(こんこうみょう)経・大集(だいじゅっ)経・仁王(にんのう)経・薬師(やくし)経の経文を引いて指摘。 一国が正法を誹謗(ひぼう)し、悪法に執着(しゅうちゃく)するゆえに災難が起こるのであり、悪法の「一凶(いっきょう)」を断って正法に帰依(きえ)すれば、災難を打開し、平和楽土が実現すると明かす。そして、世界の平和・安穏こそ、仏法の根本目的であるとされている。
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- 日蓮, 紀野 一義
- 立正安国論ほか
創価学会 池田大作会長著 若き日の日記
創価学会 池田大作会長著 若き日の日記
1954年3月、若きSGI会長は、青年部の室長に就任。
広宣流布の全責任を担い立ち、縦横に指揮を執った。
その青春の苦悩と燃え上がるような広布への闘争心を伝える、次のような一文も。
「何も恐るな、人々の批判なぞ。断固進め、そして、見よ、世紀の青年の指揮を」
(1955年10月17日)
青年らしく、将らしく怒濤の前進を!
――SGI会長の「魂の言葉」が、50年の歳月を超え、国境を超えて、読者の胸に響きわたる。
- 池田 大作
- 若き日の日記 (1)
創価学会 池田大作会長著 新・人間革命 第1巻
【旭日】
昭和35年10月2日、伸一は、「君の本当の舞台は世界だよ」との師の遺訓を胸に、北南米へ出発。
平和旅の第一歩は、太平洋戦争の火蓋(ひぶた)が切られたハワイの地にしるされた。伸一は渾身(こんしん)の指導を重ねながら仏法を世界宗教として開くための構想を練る。
【新世界】
第2の訪問地サンフランシスコは日本の講和条約と日米安全保障条約の調印の地。伸一は、その地で、世界の冷戦と新安保条約をめぐり混乱する国会に思いをはせる。
サンフランシスコ、ネバダに地区を結成し、やがてアメリカの同志の誓いとなる3指針を提案する。
【錦秋】
平和旅の舞台はシアトル、シカゴ、トロントへ。シカゴで伸一は、同行の幹部たちにアメリカ総支部の構想、インド、ヨーロッパ訪問の計画を語る。またリンカーン・パークで遊びの輪に入れてもらえない黒人少年を目にし、人種差別の現実に心を痛める。
【慈光】
伸一は、体調が悪化するなか、ニューヨークの友を激励する。苦悩するメンバーの質問に答えながら、信仰の基本、大聖人の仏法の本義を優しく語る。
さらに「『世界の良心』『世界の良識』といわれるような新聞にしたい」と聖教新聞の精神を語る。
【開拓者】
ニューヨークからサンパウロへ。ブラジルの座談会では、日系移民の過酷な生活状況が語られるが、伸一は信心を根本に希望の光を送る。そして支部結成の発表が、歓喜の渦を巻き起こす。最終目的地のロサンゼルスで支部を結成し一行は帰国の途につく。
- 池田 大作
- 新・人間革命〈第1巻〉
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創価学会 池田大作会長著 新・人間革命 第2巻
昭和35年5月3日の会長就任の日から、10月2日北南米の旅に出発するまでの5カ月間、伸一は全国を駆けめぐり、新支部の結成を行っていった。
7月17日には、実質的に初の海外支部となる沖縄支部の結成大会へ。伸一は沖縄戦の戦跡を訪ね、いつの日か沖縄で戸田の伝記ともいうべき小説の筆を起こすことを決意する。
【錬磨】
沖縄から戻った伸一は第2回婦人部大会に出席。続いて、青年の人材錬磨のため、男子部の水滸会、女子部の華陽会の野外研修へ。
そこで、水滸会の精神を忘れたかのような青年達の怠惰な姿に接し、厳しく指導。夏期講習会では、「日興遺誡置文」を研さんし、峻厳(しゅんげん)な信心の姿勢を打ち込む。
【勇舞】
10月25日に北南米の旅から帰国後、伸一は千葉、前橋の支部結成大会、横浜での第9回男子部総会へ。この総会を見た米国の宗教学者が「生きた仏教」を目の当たりにした驚きを熱く語った。さらに、伸一の支部結成大会の旅が沼津、甲府、松本、長野、富山と進む中で迎えた牧口会長の第17回忌法要。戦前の宗教弾圧に思いをはせる。
【民衆の旗】
11月20日の第8回女子部総会後、伸一は東北の山形、南秋田、岩手の支部結成大会に出席。民衆のための本当の宗教の力強さを語っていく。第2回学生祭出席後、12月に入ると九州、関西、中国方面の激励旅へ。年末ようやく家族との時間を持つことができた伸一は、父親としての姿勢の一端を語る。
- 池田 大作
- 新・人間革命〈第2巻〉
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創価学会 池田大作会長著 新・人間革命 第3巻
昭和36年「躍進の年」の1月、伸一は、九州の三総支部、両国支部の結成大会出席など、多忙ななか、インド、東南アジア訪問を予定していた。1月28日、仏法西還の平和旅へ。香港では東南アジア初の地区を結成。次の目的地・セイロン(現在のスリランカ)に向かう直前まで激励は続いた。
【月氏】
セイロンへの機中、伸一は将来、アジアに総支部を結成する考えを明かす。
仏法誕生の国・インド。伸一の思いは、ガンジーの思想と行動へ。2月4日、ブッダガヤで東洋広布の碑などの埋納を無事、終了。戸田が見守ってくれているような晴天だった。
【仏陀】
伸一は、精神の大国・インドの源流である釈尊に思いをはせる。生老病死の解決を決意して修行し、生命の永遠の法を悟った釈尊。彼は、身分の差別なく人々を蘇生させた。提婆達多の反逆も乗り越え、死の寸前まで法を説いた偉大な生涯だった。
【平和の光】
伸一らはビルマ(現在のミャンマー)へ。そこは長兄の戦死と、インパール作戦の舞台だった。伸一の回想は、戦中の思想統制から、牧口会長の殉難、世界平和への構想へと。
タイ、カンボジアを経て香港に戻った伸一は、アジア各地に地区を結成。東洋広布は大きく開かれた。
- 池田 大作
- 新・人間革命〈第3巻〉
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創価学会 池田大作会長著 新・人間革命 第4巻
【春嵐】
昭和36年2月、伸一は、東洋広布の第一歩をしるしたアジアから帰国するや、各地の支部結成大会へ。
“大阪事件”の裁判が大きなヤマ場に差しかかっているなか、関西の3総支部の合同幹部会にも出席。自ら学会歌の指揮をとり、全魂を込めて同志を励ます。また、各地で学会員への村八分事件が起こる。
【凱旋】
各地での支部結成が歓喜の波動となり、未曽有(みぞう)の広布の上げ潮のなか、伸一の会長就任1周年の5月3日を迎える。この日、東京・両国の日大講堂で本部総会を開催。席上、伸一は「創価学会こそ“日本の柱”であり、“世界の太陽”である」と宣言する。
【青葉】
伸一は本部総会終了後、男女青年部と懇談。昭和36年を「青年の年」にと提案。さらに伸一は、九州青年部総会、男子部幹部会などに出席。青年部の育成に全力を尽くす。
また同年6月の本部幹部会で200万世帯達成が発表。
【立正安国】
昭和36年7月3日、伸一は戸田城聖の墓参に。墓前に立つ伸一の胸に、「権力の魔性と戦え! 民衆を守れ!」との師の言葉がこだまする。8月の夏季講習会を控え、伸一は寸暇を惜しんで「立正安国論」を研さん。大聖人の御振る舞いに思いをはせる。
【大光】
昭和36年10月4日、ヨーロッパ訪問のため羽田を飛び立ちデンマークへ。車窓からコペンハーゲンの街をながめながら、牧口・戸田両会長の教育理想を受け継ぎ、創価教育を実現する学校の設立を思う。
ドイツでは“ベルリンの壁”の前で、世界平和実現に生涯を捧(ささ)げ、殉じることを誓う。
- 池田 大作
- 新・人間革命〈第4巻〉
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創価学会 池田大作会長著 新・人間革命 第5巻
【開道】
東西冷戦で分断された象徴の地を、必ずや平和の象徴に――ベルリンを訪問した後、ケルン、アムステルダム、パリ、ロンドンと、平和への扉を開き、ヒューマニズムの種子を蒔(ま)く「開道」の旅を続けた。高齢化の進むイギリスで、「心の若さ」をはぐくむ学会の使命の重大さを痛感する。
【歓喜】
マドリード、ジュネーブ、チューリヒ、ウィーンを訪問。ベートーベンの墓碑の前で、「苦悩を突き抜けて歓喜へ」と記した楽聖の生涯に思いをはせる。
ローマでは、同行者に「宗教者同士の対話、“善の競争”の必要性」を語った。
【勝利】
10月23日、帰国した山本伸一は、東京での「国士10万」結集の第10回男子部総会、8万5千人が集った横浜での第9回女子部総会に出席。東北本部の落成式では「新世紀の歌」が発表された。
こうしたなか、伸一の“大阪事件”裁判での出廷が続き、裁判は大詰めを迎える。
【獅子】
昭和37年「勝利の年」が明けた。他界した北海道女子部長の北海道女子部葬、北海道総支部幹部会へ。1月17日、公明政治連盟が発足。
25日、大阪地方裁判所は、山本伸一に「無罪」の判決を下した。“大阪事件”裁判での勝利の瞬間であった。
- 池田 大作
- 新・人間革命〈第5巻〉
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創価学会 池田大作会長著 新・人間革命 第6巻
【宝土】
1月29日、伸一は中東のイラン、イラクを初訪問。イスラム教の開祖・マホメットについて語り、他宗教との対話の重要性も話題に。いずれ、イスラム教の人々も、仏法との共通点を見いだし、共感を示すだろう――訪問はその確信を深めるものだった。
【遠路】
一行はトルコからギリシャへ。伸一はソクラテスとプラトンの生涯に思いをはせる。2人の姿は、学会の師弟と二重写しに。
さらにエジプトを経て、パキスタン、タイ、香港へ。タイと香港では支部を結成。伸一は世界広布のくさびを着実に打っていく。
【加速】
博多湾に面した、粗末な家が密集する“ドカン”地域。人生の辛酸をなめ尽くした人々の間にも、信心による宿命転換のドラマが進んでいた。
伸一は、会長就任2周年の5・3を迎える。この2年で倍増した学会は、広布の戦いを加速する。
【波浪】
7月の参院選に向けた支援活動に、妨害や中傷が頻発した。そうしたなか、公政連は9人全員当選。その勝利が波浪を呼び、秋田・尾去沢鉱山と長崎・中里炭鉱で、労組による不当な学会員圧迫事件が発生。組合除名処分撤回に至るなど、闘争の経緯が語られる。
【若鷲】
7月22日に行われた学生部総会。学生部旗と部歌が披露され、14の部が結成された。部員数も既に1万人を突破。新時代の到来をとらえ、伸一は学生部の本格的な育成を決意。
それは自らが、日蓮大聖人の仏法の真髄である「御義口伝」を講義することだった。
- 池田 大作
- 新・人間革命〈第6巻〉
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創価学会 池田大作会長著 新・人間革命 第7巻
【文化の華】
昭和37年10月22日、アメリカのケネディ大統領は、キューバにソ連の攻撃用ミサイルの発射基地が建設されていると演説。米ソ間の緊張は一気に高まり、人類を全面核戦争の瀬戸際に追い込むキューバ危機がぼっ発した。息づまる攻防のなか、28日、米ソ両首脳は破局の回避で合意する。
11月、恩師に誓った300万世帯という平和勢力を達成。そうした時、伸一のもとにケネディ大統領との会見の話がもたらされる。
【萌芽】
昭和38年1月8日、伸一はアメリカを最初に、欧州・中東・アジアを巡る世界一周の平和旅へ。アメリカではハワイ、ニューヨークに支部が誕生し、ロサンゼルスを加え、3支部へと発展。
生命を削る思いで一人一人の友を激励する伸一に、相呼応して新たな人材群が信心に奮い立つ。目覚ましい成長の姿を示しながら、各地に地涌の若芽が育ちゆく。
【早春】
欧州でも、ヨーロッパ総支部・パリ支部が結成。伸一の間断なき激励行は、スイス、イタリアでも。アジアにも世界広布の流れが着実に広がり、香港で3地区が結成。
1月27日、帰国の途に就く伸一は、飛行機のエンジントラブルのため、予定にはなかった台北(台湾)経由の便に変更。空港には、ひたすら彼の訪問を待ち望んできた友が集い、劇的な出会いが実現した。
【操舵】
1月24日夜、総本山を下山し、新潟駅まで帰る会員約900人が乗る団体列車が豪雪のため、宮内駅で立ち往生してしまう。地元同志は、おにぎりや豚汁など真心の支援を続け、車内の友も懸命に耐え抜く。創価の同志愛が輝きを増すなか、約93時間ぶりに運転が再開される。
4月9日、台湾の台北支部は政府の命令により解散。メンバーは弾圧の嵐にも「冬は必ず春となる」と耐え、27年後、晴れて認可を受ける。
- 池田 大作
- 新・人間革命〈第7巻〉
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創価学会 池田大作会長著 新・人間革命 第8巻
【布陣】
昭和38年5月、伸一は、翌年に迫った恩師戸田城聖の7回忌を目指し、広布の布陣の強化を決意する。幹部の胸中から官僚主義を排し、学会精神をみなぎらせようと、第25回本部総会等で次々に新たな人事を発表。伸一は、真正の同志の育成を期す。
6月、伸一は、徳之島を経由して、奄美大島を初訪問。総支部を結成するとともに、命がけで離島広布に戦ってきた庶民の英雄を全魂込めて激励し続ける。
【宝剣】
7月、男子部幹部会に出席した伸一は、戸田城聖の7回忌を期して、「本門の時代」に入ることを宣言する。女子部幹部会では、男子部・女子部の部員100万達成を提案。
関西に赴いた伸一は、京大生への「百六箇抄」講義を始め、一人一人を広布の“宝剣”へと育てていく。
そんな折、聖教紙上に、日達法主から僧侶・法華講への「訓諭」が載った。背景には、広布の息吹もなく、学会を批判する宗門の腐敗が――邪悪に対し伸一は、敢然と戦いを挑む。
【清流】
昭和38年7月28日、言論部の第1回全国大会。伸一は“今こそ、民衆救済のために、正義の言論の剣をとって前進しよう”と訴え、新たな言論運動を提示する。8月度の男子部幹部会では「世界広布の歌」が発表。9月には信濃町の新学会本部が落成。10月には民音の発足……。こうした前進のなか、ある地方で、幹部の金銭詐取(さしゅ)事件が発覚。幹部の不祥事を通し、広布の組織を撹乱(かくらん)する魔の本質を究明する。
【激流】
38年11月23日、ケネディ大統領暗殺の激震が世界を走る。伸一は、彼の大統領としての“1000日の戦い”に思いを馳せる。この年の12月には学会は400万世帯に。39年を「団結の年」と決定。
39年1月、学会の代表が韓国を訪問することになっていたが、渡航不許可の通知が届く。韓国には、かつて日本が行った非道な侵略と支配の歴史がある。そのため、学会に対しても根強い誤解があり、韓国に芽生えた学会組織に弾圧が襲う。だが、韓国の同志は、迫害の冬を耐え、粘り強く信頼を勝ち取り、社会で実証を示していく。
- 池田 大作
- 新・人間革命〈第8巻〉
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