もう10年も前、新品のドライヤーを私に見せ「使い方を教えてほしい」と言う母。それを聞いた私は「は?コンセント挿すだけじゃん」と冷たい返答をした。「髪を乾かさないと傷む」と誰かに聞いて購入たらしい。そのとき私は、母の言葉の意味が分からなかった。今どきドライヤーの使い方を知らないことが驚きだし、そんなダサい母を恥ずかしく感じていた。母はずっとダサかった。まだ私が中学生の頃、友達と出掛けるのに鞄がない私に、三越の紙袋を渡した「これ鞄にしな」。渋る私に「ごめん。若い子は丸井の方がいいか」と母。肩パッドのジャケットを貸してくれるのも嫌だったし、母のつけているブローチも好きになれなかった。

 今の母の髪はやせ細ってドライヤーで乾かす必要がない。10年前に母の買ったドライヤーは箱のまま。埃まみれだ。認知症の母は、もうドライヤーの使い方を覚えることはないだろう。こんなことならあの時ちゃんと教えてあげればよかった。嫌がらずに三越の紙袋で出掛ければよかった。せめて丸井の。

 ドライヤーの時間もないくらい全てに一生懸命だった母が今の私の誇り。よし、久しぶりに母のブローチ付けて出掛けるか。鏡に映る自分、結構ダサ可愛いな。母に似て。