ずっと練習やら何やらかなり集中出来た沖縄の旅でした。
今回の沖縄の旅は、今までの、僕のラート人生を振り返り、
そしてもう一度自分のこれからの道を確認するのが、目的だった。
今回のメインイベントは、
『本村先生に会って「ありがとう」を言う。』
以下、今回のブログは、本村先生について説明することにしちゃいます。
僕の師匠であり、日本ラート協会の会長さんであーる。
彼は、一見無口でしゃべりかけにくい人。
仁義に熱く、燃え滾る沖縄の心を持ち、いつも僕たちを優しく、時には厳しく見守ってくれた。
なんと、60歳の還暦の時、僕たちに鉄棒で大車輪を見せてくれた!!!
あれは、琉球大学伝説話に登録されるぐらいの衝撃だった。
ちょっとお茶目で、学生からは絶大なる信頼を得ている。
昭和15年生まれ、現在72歳。
山田一族の長>>>、そして、僕の父親>>>、母親>>>と同い年。
そんな彼のエピソードをひとつ。
僕は、大学から器械体操を始めたため、バク転すら出来なかった。
そんな僕に、彼はバク転を教えてくれた。
そして、ようやく1回出来るようになり、僕は先生を呼んで見てもらった。
それを見た先生が一言、、、
『んー、連続バク転をしなさい、はい!今ここで。』
(えー、今出来たところなんですが。。。もっと、時間をかけて段階的にやりましょうよ!)
心の中で僕は、そう叫び、
『今ですか?いや、、、ちょっと、早すぎると。。。』
先生『早くやりなさい!!君なら出来ますよ。』
僕は、無我夢中でやってみたら
1回、2回、
出来た!!
先生は満面の笑みで僕をほめてくれた。
『君なら出来ますよ。』
『自分の限界を決めてはいけません。』
静かに彼は教えてくれるのであった。
恐らく、アルプスの少女ハイジに本村先生が出ていたら、
ハイジ『クララが立った!!!』
本村先生『んー、次は走りなさい。君なら出来ますよ。』
って言うだろう。
この言葉の威力は半端なかった。
毎日、厳しい目そして温かい目で見守って下さっているからこその言葉で、
ぼくは、この言葉に何度も勇気づけられ、
そして、
自分の限界リミッターを外すことが出来たことを今でも忘れない。
そんな本村先生にありがとうを言うことが出来た。
これからも、パフォーマーとして、がんばります。
本村先生
本当にここまで選手として、パフォーマーとして育てて下さりありがとうございました。
これからも、ご指導ご鞭撻のほど宜しくお願いします。
ぽちっとしてね↓

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