○さて、とうとう唐ですよ。
●とうとう唐!ウトウトしてたら!
○いや、ウトウトしてたんかーい!さて、唐の建国者は李淵(りえん)です。この人は隋の将軍で、煬帝とはいとこ同士でした。なので基本的に隋を継承しています!だから、土地制度は均田制だし、税制は租庸調制だし、軍制は府兵制。都も長安!
●隋の時代に大興城と呼ばれていた“new”長安が、正式に長安となったわけですね!
○そういうこと!高祖(李淵)については建国者だと覚えれば十分です!大事なのは2代の太宗!本名は李世民(りせいみん)と言って中国史上でもかなり上位の名君です。太宗の治世は、その元号から「貞観の治(じょうがんのち)」と呼ばれる!
●プリントには、律令格式の整備とありますが、律令ってなんですか?
○律令の“律”は刑法のこと、律令の“令”は民法や行政法のことを指します!さて、中央政府は、三省六部+御史台と覚えてください!三省ってのは、中書省(ちゅうしょしょう)、門下省(もんかしょう)、尚書省(しょうしょしょう)のことで、中書省は法令を起案する所。門下省は中書省から下りてきた法令を審査する所。もし門下省がNOと言えば、中書省に差し戻しです。門下省の審査を通った案は、尚書省によって実行部隊に移されます。御史台ってのは官吏の監視をする所ね。
●なるほど。それで尚書省の下に付いている実行部隊が六部ってわけか!
○その通り!
・吏部は官僚の人事
・戸部は戸籍や租税
・礼部は科挙や外交
・兵部は軍事
・刑部は司法
・工部は土木
を、それぞれ担当しています!ってわけで、三省の中では門下省が一番大きな力を持っているし、六部の中では吏部が最も力を持っている。唐でも科挙を実施しますが、科挙に合格してもここの官僚にはなれません!なれるのは名門貴族なんです。
●ふーん。言うて唐は貴族社会ってことなんですね!あ、もしかして、日本で“財務省”とか言うのもこの影響ですか?
○もちろん!当時の日本は遣唐使を派遣して、唐の律令国家体制を学んでいたんです。
●なるほどねー。
○はい!さて、地方はどうやって統治するかと言うと、毎度お馴染みの郡県制…なんですが、唐から呼び方がかわっています!“州県制”です!
●先生。『五経正義』とは何ですか?五経博士とは違うんですか?
○孔穎達の編纂した『五経正義』とは、五経の解説書のこと。五経は大丈夫?儒教において尊重される『易経』『書経』『詩経』『礼記』『春秋』のことね。
●つまりは、訓詁学の集大成ってっことですよね?
○そういうこと!あとは、東突厥を征服したことと…『大唐西域記』を著した玄奘がインド旅行をしたのも、この2代太宗の時代です。はい、じゃあ次!
●3代の高宗(こうそう)ですね!
○この高宗の時に、唐は最大領域になるんですが、唐の周辺諸民族に対する政策に「羈縻(きび)政策」というものがあります。羈縻というのは馬とか牛をつないでおくための紐のこと。つまり、自治は与えているけれど、独立はダメ。監督しているよ~ってことです。そして、監督している役所を都護府という。“厳しくないのが羈縻政策”なんです!
●自治は与えられているんですもんね!
○そう。さて、高宗ですが、660年に当時日本と協力関係にあった百済を滅ぼします。この後、663年に倭軍が百済を復活させるべく、援軍を送り込むも大敗を喫する。これを「白村江の戦い」と言う。そして668年には新羅と手を結んで高句麗も滅ぼします!なかなか倒せなかった高句麗を、高宗はようやく倒したのです!
●煬帝が3回も失敗した高句麗遠征を成功させたんですね!
○すごいでしょ!他にも、吐蕃に対して文成公主を降嫁させたりしています。ただね、実はこの高宗の奥さん…つまり皇后の方がもっと有名になるんだ!それが則天武后(そくてんぶこう)という人物!高宗が死ぬと、この則天武后が実権を握るようになり、なんと63才の時に即位するんですよ!
●女性皇帝の誕生ってことですか!?
○そう!では、中国史上唯一の女帝で“神聖皇帝”と呼ばれる則天武后のお話です!690年に63才で即位した彼女は、国名を“周(武周)”とします。しかし、北周、隋、唐を支配してきた今までの官僚層は非協力的。彼女はあくまでも個人的な美貌と才能だけで成り上がった人物ですからね!
●でも、優秀で忠実な官僚が居ないと、国を保つの辛くなりませんか?
○もちろん!そこで彼女は、ある官吏登用試験を全国的に実施するんです!
●わかった!科挙だ!
○その通り!科挙で採用された官僚たちは、バックグラウンドが無いから、則天武后のもとで一生懸命働くしか出世の道はない!というわけで、彼女の時代には新たな官僚たちが政権中枢部に登場してきます。
●なるほど~。あ、則天武后の最晩年には、息子の中宗が再び即位して国名も唐に戻るんですね!
○うん!ただ…その中宗が、また奥さん選びを間違えてしまったんです。
●またですか!?
○中宗の奥さんを、韋后(いこう)というんだけど…彼女、則天武后に憧れていた。則天武后は夫の高宗が死んでから皇帝になったけど…韋后はそれまで待てない。そしてとうとう中宗の食事に毒を盛り始めます。
●ひぃ!
○で、中宗は毒殺されてしまいました。ただ、これはさすがにやりすぎだった!中宗の甥の李隆基(りりゅうき)が兵士を率いて宮中に乗り込んできて、韋后らの一派を排除してしまいました!さて、この則天武后から韋后までの唐のゴタゴタを「武韋の禍(ぶいのか)」と呼びます(禍は“わざわい”という意味)。唐の宮廷を正常化した李隆基はやがて第6代皇帝となります。これが唐中期の繁栄をもたらした、あの有名な玄宗皇帝[位712~756]でした。
●聞いたことあります!
○玄宗時代の繁栄は「開元の治(かいげんのち)」と呼ばれます。2代太宗の「貞観の治」と間違えないように!
●土地制度や税制度などは隋と変わりない感じですか?
○そうだね。ただ、均田制で土地をもらえるのは成年男子に限定されました。
☆センターチャレンジ
下の文章中の空欄アとイに入れる語の組合せとして正しいものを、次の①~④のうちから一つ選べ。[13 本試]
中国の歴代王朝は、統治のため法の整備を心掛けた。秦の始皇帝は、法家のアを登用して、全国統一と支配確立を進めた。唐代には律令が整備されたが、そのうち律は、今日のイに相当する内容を主とする。
① ア-李斯 イ-民法
② ア-李斯 イ-刑法
③ ア-荀子 イ-民法
④ ア-荀子 イ-刑法
正解は
②
