○さて、農村にも変化が訪れます。8世紀頃に成立した古典荘園については、既にNo.22で勉強しました。荘園における農奴の負担の基本は「賦役」と「貢納」です。賦役は領主直営地における労働地代。授業では、農作業のことしか話さなかったけど、ビール醸造やパン製造、衣料の生産なんかも賦役に含まれます。貢納は生産物地代のこと。穀物の他にも卵や鶏、バターも生産物地代の一種なんですよ。で、12世紀頃になると農奴が領主直営地で一生懸命働くわけないことに気付き、領主直営地は解体され、純粋荘園(=地代荘園)と呼ばれる形になりましたとさ。はい、復習おわり。
●ここからが本題ですね
○十字軍の影響は農村にもあらわれました。商業と都市の発展が、農村にも貨幣経済を浸透させたんです。貨幣はとっても便利。いくら野菜をため込んでもやがて腐ります。でも、貨幣は腐らない。そこで、領主は貨幣を求めるようになった。こうして貢納も、生産物地代から貨幣地代へと移行していきました。
●なるほど。
○そして14世紀頃になると、イギリスやフランスでは、農奴から独立自営農民にランクアップするものが登場してきます。身分が上昇した原因は大きく二つ!一つはここのところずっと話していた商業の発展です。商業が発展するにつれ、貨幣経済が農村に浸透しました。ということは、農奴も、一所懸命働いて、納めた貨幣地代の残りを貯めることが可能になった。そしてもう一つの理由はペストの流行です。アジアで流行していたペストが東西交易ルートに乗って西にも進んできて、ヨーロッパでもついにイタリアで最初に発生してしまった。貿易船によって運び込まれたネズミに寄生するノミに、ペスト菌がついていたんです。
●omg
○そして、人口の急増で衛生状態があまり良くなかった西ヨーロッパ世界に、ペストは瞬く間に広がりました。ペストは、感染すると体中に紫色の斑点が出てきます。その様子から「黒死病」と呼ばれ、非常に恐れられました。これで、ヨーロッパの人口の四分の一が亡くなりました。
●そんなにですか!?こわい…
○これだけ人口が減っても、荘園の農地が減るわけじゃないので、どこの荘園も人手不足…。働き手を失った領主は、ほかの荘園よりもなんとかいい条件で農奴を集めようとした。領主の間で、農奴の引き抜き合戦開始です。その結果、農奴の地位や待遇はどんどん良くなっていったというわけです。
●なるほど。農奴に優しくしたわけですね。
○待遇が向上した農奴たちの中には、貯めてきた貨幣を領主につきつけて農奴から自立するものも現れてくる。これが独立自営農民。イギリスではヨーマンと呼ばれます。これに対し、困窮した領主は再び農奴を押さえ込もうと、地代の値上げを上げました。これを封建反動と呼ぶ。こういう状況下で、フランスとイギリスでは大規模な農民反乱が起こるのです。
●いったん優しくされたのに、また厳しくされたら、そりゃ農奴は不満ですわな!
○先に、北フランスで起きたのがジャックリーの乱[1358年]。当時、イギリスとフランスは百年戦争をしています。北フランスは戦場になってもうボロボロ。それでも領主は、平気で重税をかけてくる。これに反発した農奴が大反乱を起こしたのです。ジャックというのは諸侯たちが農奴を馬鹿にして言った呼び方で、人の名前ではありません。
●ということは、同じようにイギリスでも反乱が??
○起こります。イギリスで起きたのはワット゠タイラーの乱[1381年]。ワット゠タイラーは指導者の名前です。で、この反乱には思想的な指導者としてジョン=ボールという聖職者がいた。この人の言葉は非常に有名なので絶対に覚えておきましょう。
「アダムが耕し、イヴが紡いだとき、だれが領主であったか」
●反語ですね。人間が誕生したとき、身分制度なんてあっただろうか?…いや、ない!と。強調しているわけですね。
○そういうこと!彼は、ウィクリフの聖書主義の影響を受けているんです。
☆センターチャレンジ
ヨーロッパにおける農業や農民について述べた文として最も適当なものを、次の①~④のうちから一つ選べ。[07 本試]
① 6世紀に三圃制農法が普及し、農業生産を増大させた。
② 黒死病(ペスト)の流行が、12世紀に農業人口を激減させた。
③ ジャックリーの乱と呼ばれる農民一揆が、14世紀にフランスで起こった。
④ 農場領主制(グーツヘルシャフト)では、東欧へ輸出する穀物が生産された。
正解は
③

