野見山に会ったら伝えて下さい。


”俺が必ず迎えに行くと。


そして、俺ら、もっともっと有名になろうと伝えて下さい。”



淳からの短いメールだった。


まだまだ物足りないと言わんばかりのメールだ。




トオルは杏に言った。



『牢屋に入る前の奴に、こんなメッセージかよ。』


トオルは光恵の携帯を杏に見せる。


杏は淳のメールを読んだ。そして送信元のアドレスを何度もチェックした。


紛れもない淳からのメールだった。


杏は嬉しかった。


内容的には危なっかしいかもしれないが、


淳が未来のことを少しでも考えていたからだ。


杏は淳が今どうしているかが気がかりであった。



早く淳に会いたかった。




そんなことを心の中で思っているとトオルの呟きが杏の耳に入ってきた。



『アイツは俺から何もかも奪って行くつもりか。』



SCREAMからの引退や光恵の死。



トオルはメールを読んだ直後から、大事な物をいとも簡単に奪われた気分になっていた。



杏は血まみれになっている自分の姿すら忘れて、心は淳のことで一杯になってる事に気づかされた。


光恵を銃殺した目の前の事実から反射的に逃避するかのごとくトオルとの会話を不毛と思感じ始めている矢先での


トオルの呟きだった。


杏は恐る恐る顔を上げてトオルを見ると、目が少し赤いトオルは怒りに満ちた顔をしていた。


杏は淳に対する嫉妬心の表われだと察知した。


トオルは杏の顔を見つめて言った。



『小せぇな、スケールが。散々好き放題やっといてよぉ。』


トオルの怒りの怒声が静かなトイレに響いた。


巨大組織SCREAMの元ヘッドの今後の野望が気になりもしたが、


これから取るトオルの行動を想像すると恐ろしさを感じずにはいられなかった。


トオルはこの個室から出て次へ行こうと頭が切り替わり始めている。


と同時に、光恵という一人の女にどれほどのインパクトや興奮を与えられただろう


という回顧が同時に行われた。


プライベートとしての彼女、仕事人としての彼女。もっともカテゴライズしずらい人物だったが


どの側面から見ても、彼女にとって自分が一番の男だったと確信した。


それが今の彼の唯一の誇りと自信だ。


そう思える相手を愛せて良かったと、トオルは頭の中での回顧を締め括った。



『まだだ。俺も小さいかもな。』



トオルは個室のドアを開けた。


血まみれの個室がアラワになる。


安らかに眠る光恵に新しい風が当たり、長い髪の毛が揺れた。


風は生ぬるく、真っ白くギラついた太陽が少し開いたスリガラスの窓の隙間から見えた。


光恵の額には未だ薄っすらと汗の粒が浮かんでいた。


トオルはトイレ入り口のドアを押さえながら杏に出てくるように命じた。


外の空気は美味かった。


夏ももうすぐ終わる。


海に行きたいような、行きたくないような気分だ。


トオルの中でリセットしたい気分がリアルになってきている。


『杏、早く出て来いよ。』


杏は返事はするものの中々出てこない。


『お前もレース控えてる身だろうが。出てきなよ。』


光に触れることが怖いのであろうか、杏は薄暗い個室でしゃがみ込み、


顔に手を当てている。




『もう夏なんて終わっちまえや!』


トオルは目の前の手洗い場の鏡を拳で叩き割った。



『すみません。』


少し大きめの返事をした杏がよろけながら個室から出てきた。


杏はトオルにどう話しかけて良いかが分からない。


どう謝ればいいのかも。