光恵はスタンド席でビールを飲み始めた。
気を引き締めながらトオルも飲んだ。
『あの子、凄い目をしてたわね。』
『淳? ああ。珍しいかもな。』
『明日の事なんて考えてなさそうだった。昔のアナタにそっくり。』
光恵は少しハイペースでビールを口に含んでいる。
『考えてるよ、アイツは。 ずっと先のことまでな。』
独り言のように小さな声でトオルは呟いた。
光恵はまだ動かない。
トオルはそこの事についてはまだ触れずにいた。
『祐子には会ってるの?』
光恵は甘えた口調でトオルに言った。
『そりゃ、会ってるよ。』
トオルがそう答えると光恵は何も言わなかった。
光恵が何を言いたいのかをトオルは考えていた。
3分後ぐらいに”ふーん”という鼻息混じりのリアクションが返ってきた。
果たして祐子の件に対する反応だったかは定かではない。
『もし、祐子が死んだら、アナタ怒り狂うでしょ?』
『さぁな。』
光恵は笑った。
『私が死んだら・・・誰が悲しむんだろう。』
トオルはこの話には乗らなかった。
ただ目の前のプールを見つめていた。
『せっかく貰った命なのに。』
光恵はまだ続ける。
『きっと私の重い肉の塊だけが残って、やがて・・・。
私がずっと付き合ってきた私の体の細胞が、沢山の細胞達が悲鳴を上げてアナタ達を呪うわ、きっと。』
『そうか。』
トオルはただそう答えただけだった。
光恵が悲しそうな表情を浮かべる。
そして、言葉を訂正した。
悲しむのは細胞じゃなく、私だと。 細胞達に謝るのも私だとトオルに告げた。
『私は自分の命を止めたくない。』
光恵は初めてトオルにはっきりとした意思表示を行った。
『お前の細胞達の合唱も聴いて見たいものだねぇ。』
トオルはてきとうに聞き流していた話に、意地悪く答えた。
『私は、アナタがやってたチームとかが嫌い。無駄に血を流して、傷つけ合って、命を奪う。
最悪よ。ただそれだけ。』
『光恵、ここは弁論大会の会場じゃねぇぞ、コラ。』
『そんなこと分かってる。』
光恵は少し声を荒げた。トオルの前でこのような態度をとるのは珍しい。
いや、今まで無かったのが不思議なのかもしれないのだが。
光恵はトオルの体に寄りかかった。少し疲れたようだ。
『殺人について、どう思ってるの?』
『悪い事だとは思うよ。でもね、俺自身、もっと良く考えなければならないと思っている。』
『殺人はどう考えたって悪いことでしょ?それも分からないほど麻痺してるの?』
『違う。分かるよ。悲しいことだよな。でも毎日誰か死ぬだろ。いちいち心は痛まないよ、正直。』
自分とは関係ない人が死んだところで、俺は何とも思わない。悲しむのは自分の利害に関わる時だけだ。
このことを俺はもっと考えたい。』
『・・・。』
『殺した人が背負う十字架とは何だと思う?』
『一つではないと思うわ。沢山あると思う。』
『じゃあ、殺人がOKな社会での殺人犯が背負う十字架は何だ?』
『自分の胸の痛みや、遺族への想い・・・。』
『そっちはスラスラ答えられるんだな。』
トオルは黙ってレースを観戦した。
『アナタは麻薬を嫌った。そうでしょ?』
『そうだよ。人が変わってしまうからな。本当に怖いと思ったよ。組織で蔓延したら機能しなくなる。』
『それだけの理由?』
『麻薬を吸ったら人間失格かもな、社会人的によ。でも地球人として吸えば問題はない、と俺は思っている。』
『何でもアリの社会なんて無いわ。地球人なんて単なる世捨て人よ。』
『お前はルールを作るのが仕事だからな。ルールにはいい面も悪い面もあると思う。
だから俺は時に揺れる。俺だけじゃないと思うが。殺人犯が背負う一番大きな十字架は何だ?』
『・・・。』
『辛い刑務所生活か? 賠償金か? 社会的地位意の損失か? 世間の目か?心の痛みか?
お前らの作るルールは良くできている。秩序を保つ意味も含めてな。
ただし、重い十字架の内容物は時に俺にはクダラなく見えるときがある。
殺人が根本的に駄目な行為と言う奴を疑いたくなる時があるよ。』
『私には理解できない。』
『俺も、お前も知らない奴の死刑判決はすんなり受け入れるだろ?
時に批評までしやがる。
あれは何故だ?』
『もういい、そんな話し。』
『野見山連れてこいよ。アイツに俺が聞いてやる。撃つのはそれからにしろ。』
『バカ言わないで。それに彼は何も考えていない。アナタだって分かってるでしょ。』