『あのオヤジ図に乗りやがって。』
淳はトボトボ家へと帰って行った。あの1件でのストレスと大会で心身共に疲れ果てていた。
『マジかよ・・・』
淳の家の前に光恵の車が止まっていた。恐る恐る近づくと中に彼女はいなかった。車はまだ温かい。到着してさほど時間は経っていないようだった。脇を通り過ぎると玄関に彼女はいた。母親と談笑していた。
淳は足を止めて、2人の会話が終わるのを待った。
『ちくしょう。何話してんだよ、あのバカ女。』
一向に会話が途切れない。予定では風呂に入り、リラックスしているはずの時間だった。光恵の狙いは何か?それを考えるしかなかった。近所の人がその姿を不思議な目で見ながら淳の脇を歩いて行く。
あたかも淳がじきに帰ってくることが分かっていて長話をしているようにも思えた。それならば待つのも面倒だと思い、中へ入ることにした。
『ただいま。』
『おかえりなさい。お友達来てるわよ。』
『淳君、おじゃましてます。』
『どうも。何かありました?』
『うん、近くを通りかかったから。いるかなぁと思ってね。』
『どうぞ、どうぞお入り下さい。淳、ほら荷物持ってあげなさい。』
『いえ、すみません。大した用じゃないので。』
母親は家の中へ入り、淳が対応することとなった。淳はバッグを家の中に放り投げ、アイスを持ち出すと彼女の反応を伺った。
『これ、良かったら食べて下さい。暑いすねマジで。』
『ありがとう、いただくわ。あっ大会見たわよ。』
光恵はアイスを頬張り始め、美味しいと独り言のように呟いた。
『聞きました、陽介から。俺に何か話しでもあるんじゃないですか?』
『えっ?』
『キャンディーもSCREAMも、もうあったもんじゃない。もうよくないですか?』
『どうしたの?急に。』
淳はまだ3分の1は残っている自分のアイスを急に口へ押し込むと、ズボンのポケットに入れていたナイフを持ち、肘を引いた。
『迷惑なんですよ。』
光恵に刺そうと踏み込もうとした瞬間、目の前の道をマリと杏が通った。
彼女らとと目が合った淳は苦し紛れに取り繕った。光恵との会話をストップしたまま彼女らに手を振る。杏は機嫌の悪そうな顔で淳の振る舞いにこたえた。
『杏ちゃん、女の子といたね。』
『ねぇ。信じらんない。』
2人は淳の家の前を通り過ぎて行った。
『もう帰って下さい。』
『わかったわ。』
淳は家に入り、彼女の車が動き出すのを見届けた。杏にメールを入れ、風呂へ入った。湯船に寝そべり、目を閉じる。
風呂から上がり、バラエティーをひとつ見てベッドに入った。
朝9時。2日目の大会がスタートする。
今日は個人戦が盛りだくさんで、メンバーがバラバラに過ごす時間が昨日よりも多くなる。
各自が独自に準備をしていた。
午前中に淳も陽介も2回泳ぐ。午後には女子50Mの決勝があり杏とマリのレースが控えていた。
陽介曰く、今日も光恵は観戦しているようだった。気にせずに2人とも200M競技の予選を終えた。調子はすこぶる良く、淳は200M背泳ぎを5位、陽介は200M平泳ぎを8位のタイムで通過した。2人とも念願の決勝レース出場に興奮した。
陽介は嬉しさのあまり、すぐにナンパを開始しはじめている。
サブプールを上がった淳はトイレへと向かった。
トイレで横の男に話しかけられた。
『よぉイケメン。』
『あれ?』
『なかなか順調じゃない。レース見たよ。』
『マリの観戦ですか? マメな男演じてますね、相変わらず。本当はチラっとしか見てないでしょうに?』
『いや、意外と見てるぜ。あぁ、そういえば昨日マリから聞いたよ。光恵だろ?お前の家に来てた女って。』
『困ったもんですよ。』
『どうだか?まぁ頑張れよプレイボーイ。』
先にトオルが去って行った。淳がトイレから出ると前方をマリとトオルが手を繋いで歩いていた。
光恵が見ているかもしれないのに堂々としたものだった。
淳はスタンドを見渡し、光恵の場所をチェックしていた。
トオルに会ったことで急に気になってきたからだ。
その時会場の外では図太い排気音がしていた。淳にはそれが薄っすら聞こえた気がした。
上機嫌になって鼻歌を歌ったほどだ。仕舞いに懐かしい歌を口ずさんだ。
『水泳やってるのはココかい?』
『はい、そうですが。』
『暑ちぃな。しかしキモちいぜ、ちくしょう。暑キモちい、なぁ?』
『は、はい。』
『やっと到着だバカヤロウ。マジで時間かかったぜ。随分遠回りしたな、なぁ?淳。ウマイこと言ってるぜ俺。』
『学校の関係者の方でしょうか?団体名とお名前をご記入いただけますか?』
『TMC、野見山だ。暑い中ご苦労さんです。』