選手の体が静止し、会場が静まりかえった。

スタートの音が鳴る。選手が一斉に入水する音が鈍く響いた。


浮き上がりの時点で杏とマリは頭一つ出ていた。杏はストロークが比較的長く、テンポ良く泳ぐマリと比べると少しゆったり泳いでいるようにも見える。2人ともラスト5Mはキックもおさえて力を抜いて泳いでいるようであったが、体半分のリードをつけてフィニッシュした。お互い26秒台後半というまずまずのタイムで、決勝レースでは新記録の更新も期待できる泳ぎであった。


泳ぎ終わってハイテンションな2人はメインプールから上がると、興奮がさめずに騒ぎながらサブプールへと向かった。サブプールに浸かり、ダウンを行いながら男子50M自由形のレースを眺めていた。

4組程眺めたところでサブプールから上がり、体をセームで拭くとテツや貴司のレースを観戦するために自陣へ引き上げた。2人の好タイムを皆が祝福した。皆、自分達の応援が聞こえたかどうかを尋ねていた。


部員はメガホンを握り、声を張り上げて応援していた。選手陣には内緒にして替え歌での応援歌も作っていたほどだ。特にコース紹介の時の応援はそれぞれの中学カラーが最も出る場所である。基本的にどの地方の学校も声を伸ばして声援をかけるので、今回は言葉をぶつ切りに発音するか、非常に短い一言を歯切れ良く発する応援スタイルをとる事にしていた。できるだけ男子のレースは女子の黄色い声援を、女子のレースには図太い男子の声をを張り上げるととても目立つ応援となった。


男子50M自由形が無事終わると、400Mメドレーリレーまでだいぶ時間があった。

貴司やテツも引き連れて淳と陽介は会場内を散策した。

全国常連の貴司やテツには知り合いがチラホラいて、淳や陽介もその中学の子達と話をしたり情報交換などを行っていた。大概はどの学校に可愛い子がいるかということだった。

もう2度と会わないかもしれないぜを合言葉に声をかけまくっていた。

陽介は意味もなくサブプールに入り、やってもないレースの感想を女の子語っていたりもした。

自陣に戻ると、それぞれが好みの子の方言で話し始め、女子からは冷たい目で見られた。


レースが近くなり、男女揃ってアップへ向かった。体をならして心拍数を上げたあと、引継ぎの練習を入念に行った。女子のリレーは綾と由香がどれだけトップについて行けるかが鍵となってくる。それは男子も同じで淳と陽介の頑張りがメダルを獲れるか獲れないかという結果を大きく左右する。下馬評では女子の方がメダルに近く、男子は熾烈な3位争いになるだろうというのが大方の予想であった。


アップが終わると軽いミーティングを開き、いままでのレースを踏まえた上での確認作業を行った。

女子の招集が行われ、コスチュームを揃えてレースへ向かった。

最終組の端のコース、第1コースを泳ぐこととなっていた。


メインプールに入場すると大きな歓声に包まれた。すぐさまコース紹介が行われ、皆が手を繋いで両手を挙げた。一番端にいたマリはハシャギながら腰を揺らし、踊るように左手でタオルを振っていた。


第一泳者の背泳ぎの綾は水着になり、合図とともに水に入り、バーを握り、膝を胸へと近づけた。残りのメンバーは綾に楽に泳ぐように伝えていた。用意の合図で体を壁側へ引き付けて、首を少し前へ倒した。スタートの合図がなると、綾は飛び出して行った。綾のスタートは打点が高いのが特徴で左右の足の位置を広めに開けて、力いっぱい後ろへ飛ぶ選手だった。深めに入水するとバサロをテンポ良くコンコンコンと打ち、水から出る15M付近では頃にはトップに立っていた。


腕を回すテンポも良く、50Mのターンでは体一つ出る程リードを広げた。次の平泳ぎの第二泳者である由香はスタート台に立ち、綾の泳ぎを見ていた。まさかトップで帰ってくるとは思っていなかった由香は少し緊張した。ターンの後のバサロが終わり、綾が水から出るとさらに泳ぎは激しくなった。綾の中でもう一つスイッチが入ったかのようにとばして泳いだ。スタート台で待つ由香の中で顧問の宮崎の言葉が再度頭の中をよぎった。ラスト30Mに差し掛かり、勝負どころをむかえた。選手の中でも誰よりも経験が豊富な綾は今まで100Mの練習は何千回と泳いできた。辛くなってから効率的なキックがどれだけ打てるかをずっと課題としていた。


センターコースの泳者が序々に体半分ぐらいに迫ってきていたが、綾は急激な失速をすることなくラスト15Mをきった。杏とマリが由香に一声かけ、由香は頷いていた。台に指をかけて綾の指先に集中した。ゴーグルをさわりフィッティングを再度確かめると少し息を吐いた。ラスト5M。綾はほぼ並ばれたが、わずかにまだリードしていた。由香は序々に体を前に倒し始め、指先を見たまま重心を前にもって行った。大きな歓声が耳に入ってきて離れたセンターコースと凄い接戦であることが由香にも分かっていた。綾は5M地点を表すフラッグを目で確認すると、由香への引き継ぎを考えた。腕を回す回数、ストローク数は狂っていなかった。練習通りならばタッチ寸前で半端なかたちで腕を回さなくても無駄なくタッチできることは分かっていた。


由香は綾のストロークを見て、あと3ストローク目でぴったりタッチだと読めた。綾と由香の呼吸はバッチリ合った。何回も引継ぎの練習をしてきたが、実践に備えてガチンコで泳いで引継ぎを練習していた時があったからだ。指先は見ながらも、読み通りに体を傾け、一瞬でも早くスタートを切る姿勢をとった。綾は最後の腕を振り上げ頭上へ持って行った。全速の状態でタッチし、由香の体は今にもプールに落ちそうな程傾き、ギリギリのタイミングで足を離し、綾の上を高く飛んで行った。