全国大会の会場である、横浜国際プールに7時の到着した。
到着するとすぐにウォーミングアップを行い、心拍数をぐっと高めてレースへの準備へと入った。
レース開始は9:30である。
杏や貴司には全国から集まった選手が注目の眼差しを注いでいる。
普段一緒に練習している陽介や淳にとって、その光景は心地よい物ではあったが、初めての全国大会の会場の雰囲気に多少戸惑っている様子も見受けられた。陽介はアップしながら他のコースを覗き込み、見知らぬ選手の力量などをチェックしたりしていた。
プログラムのトップは花形種目である女子50M自由形予選であった。
杏とマリーンが出場する予定である。2人とも最終組での出場で、杏がセンターコースを泳ぐことになっていた。
続いて、貴司とテツが出場する男子50M自由形予選。そして、初日の締めくくりに、出場者の淳や陽介なども参加する男女のメドレーリレーの予選がひかえていた。
全くといって良いほど緊張していないのがマリーンで、いつも通りペチャクチャ喋りながらアップし、水着もまだ練習用の水着を着用していた。マリーンはジャージといい水着といい、とにかく小まめに着替える選手だった。アップのメニューを終えて、飛び込みのチェックを彼女が行うとスタンドや周囲からザワザワ話し声が聞こえる程彼女は目だっていた。彼女のヘアースタイルを真似ている選手もいたほどである。
杏はいつも通り、淡々とアップをこなしていた。杏はマリーンほど目立つキャラではないが、彼女の身に着ける水着やキャップ、ゴーグル、サンダルなどは密かに話題となっていた。
アップを終えると体を拭き、杏は水着の上からジャージを着ていた。目を瞑り入念に足のストレッチをして貰いながら召集の時間を待った。マリーンは私服に格好に着替えて、ヤスや陽介と方言の話題で盛り上がっていた。
召集時間まで15分となったところでマリーンはレース用の水着にぱぱっと着替えた。物陰に少し隠れて瞬時に着替えてしまうのが彼女の特徴だ。杏とは違い、靴下もTシャツも身に着ける。そしてジャージを上下着て靴を履くのだ。
携帯をいじりながら、杏と談笑を始めた。彼女達はレース前、あの子が可愛いだとか、あの人が格好いい等という品定めの話題がほとんどだった。2人が同じ組で泳ぐことは頻繁にあった。お互いレース前の苛立ちはなく、真剣勝負とはいえ2人の関係は慣れたものだった。
『マリちゃん、この間の人にメールしてんでしょ?』
『正解。明日見に来てくれるらしい。予選は興味ないってさ。』
トオルは明日見に来るようだった。明日は淳の種目である背泳ぎもある。
召集場所に向かった2人は隣同士だ。
『50Mプール、超久しぶりなんですけど。』
『だよね。でも、大丈夫でしょ。すぐ着いちゃうよ。』
2人は泳力に似合わず、長水路に慣れていなかった。特別な施設をかりて練習するということが無かったからだ。お互い、自分の学校の練習以外は外で泳いでいなかった。2人に50Mプールは大きく見えた。
『こら、マリちゃん。もう。レース始まるんだから、後でだよ。』
マリは体をくっつけて隠れるようにして杏に唇を重ねていた。マリは結局、自分のコースに入る手前まで杏の手を握っていた。
1個前の組のレースが終了し、最終組を迎えた。タイム的には平凡なレースであった。2人とも全力を出さなくても予選は突破できるタイムであった。
手を離し、それぞれのコースへ入るとマリは椅子に深く腰掛け、コース紹介を待った。杏はすぐにジャージを脱ぎ、腕を回していた。
杏のコースが紹介されると大きな歓声が沸き、杏は自分の学校の応援の方へ手を振った。マリはゆっくりと靴やジャージを脱ぎ、学校名と名前が呼ばれると、先ほどまでとは打って変わって観客を煽るかのように肘を折り、体の横で手首を2回ほどパタパタとさせた。長くて、柔軟な腕がしなっていた。する杏よりも大きな歓声が会場内に響き渡り、レースの盛り上がりを予感させた。
合図が鳴り、台に上がると選手は一斉に利き足の指をフックさせた。
2人とも頭を垂れて静止していた。