大会前日をむかえた。
朝7時前。いつものごとく暑い。陽介は早めに学校へ歩いて向かった。
季節は違い、街の雰囲気は違うのだが、今の心理状態と似た今年の冬のとある朝の出来事を思い出していた。
毎年、3月の卒業シーズンとなると喧嘩が絶えなかった。特にそれまで大人しかった3年が一気に喧嘩をしだしたり、後輩を殴りまくる時期でもあった。
と、同時にこれから3年になる旧2年の間でも新しい学校内の頂点を決める戦いが勃発する季節である。
CANDYをストップしていた淳も陽介も頂点に君臨する者の候補にリストアップされており、よく喧嘩を売られた。この戦いに参戦しなければしないで残りの1年間、肩身の狭い想いをする羽目になる。
淳にいたっては、色んな噂が飛び交っていた。大したことの無い奴に刺されて泣いて謝っただとか、SCREAMを脱退して今現在は何ら恐れることのない存在だとか。
淳は同学年と喧嘩するよりも卒業していく3年の権力者である親玉的存在の人物を数人狩った。
手っ取り早く、いち早く噂場広まる方法で同学年の別の派閥のトップを牽制し、後は静かに暮らしていた。
とある日、淳と陽介は朝早く、誰も校舎にいない恰好の時間帯に多目的教室で喧嘩することになった。
『あの日も早めに学校に行ったな。そう、こんな感じだった。あれ以来だなぁ。』
喧嘩するのは別の派閥のトップと淳のタイマンであったが、各派閥とも一名ずつその戦いを見届ける人物を用意することとなり、それが陽介であった。
多目的教室は普通の教室と同じ大きさのスペースであるが、生徒の机が置かれていない分、広いスペースであった。先に到着した淳と陽介は、後ろのドアから教室へ入り、一番奥の窓側で待機していた。
数分すると髪の毛が未だ濡れている相手側のトップ、金髪の対馬が一人で入ってきて、変な沈黙が生まれた。
『もう一人は?寺田は来ないのかよ?』
『なんか来れねぇみたいなんだけど。』
『約束が違うじゃねーか。』
お互い何か声を交わそうと思って出た言葉がこれであった。
対馬は教室の前ドアから入って来たので、淳との距離が無意味に空いていた。お互い喧嘩をするタイミングを逃してしまったのだ。淳はベラベラ喋る方ではないので、お互いギクシャクするという最悪の展開になりそうであった。朝早くから俺ら何やってんだと思いながらも、陽介はなんとかお互いに火を点けようと対馬を挑発することとした。
『さっさと来いよ対馬。髪の毛濡れてんぞ、コラ。お前の兄貴、もうハゲてんのな。』
後ろの黒板消しを対馬を目掛けて投げつけた。黒板消しは対馬の横を通り抜け、前の黒板にぶつかり、プラスチックの部分が飛び散った。それと同時に淳の体を前に押し、2人を自然なかたちで喧嘩させようとした。
『テメーは黙ってろ三浦。後で泣かしてやるよ。』
対馬は淳側に歩み寄りながらも、まだお互いの距離は縮まらなかった。
序々に近づき合った2人はようやく、手の届く距離となると2人は陽介をチラリと見た。
『始めろや!』
陽介の声と共に2人の目つきは変わった。
『じゃ、始めるか』
淳はそう言って、挨拶がてらキツメのローキックを放った。対馬が同じように返すと戦いは一気に加熱した。
朝の教室に骨のぶつかる音や頬にパンチが当たる乾いた大きな音や足音、そして互いに吐き出す荒い呼吸の音が飛び回った。勝負は直ぐについた。淳がヘッドロックしながら顔面に放ったパンチで対馬の前歯が床に転がった。ゼエゼエ言いながら対馬は歯の行方を追っていた。
『おい、ちょっとたんま。たんまだ。』
『うるせぇ、バカが。』
淳はロックをさらにきつくして、対馬が喋れぬように喉にパンチを入れ始めた。対馬は泣きが入っており嗚咽を漏らし始めたので、陽介は危険だなと思い淳の手を解いた。ロックが緩むと対馬は床の上に大の字に寝転び近くに落ちていた汚れた雑巾で顔を覆った。
『もうおしまいかよ、対馬。そんなんで喧嘩売られたと思うと、今からキレそうだよ、俺。』
対馬は何も答えずにゼエゼエ息を吐き出していた。
『お前は後何度か殺るからな。今度はもういきなり始まると思え。早くクタバリやがって。かるく前歯は全部無くなるからな。覚えておけ。』
淳特有の追い込みが始まっていた。が、時間が過ぎて昼にもなると違った噂が流れだした。
『対馬は今朝、陽介と淳の2人と喧嘩になって、陽介は倒したが、淳とは引き分けた。』
対馬がデマを流していた。派閥のトップとしてや、女子に対しての面子もあったことだろう。
対馬は顔の傷や前歯が欠けた姿をさらし、昼間からは英雄となった。
2対1の喧嘩の噂や、対馬の姿を見た教師の反応もあって形勢が逆転しそうになっていた。
女子陣は当初淳よりではあったが、2対1の構図の噂が広まると対馬サイドへ流れる者も出てきた。
『もういいや。下らん。』
そう呟いた淳は教室のドア脇の木製の壁を思いっきり殴りつけ、珍しく感情を剥き出しにして授業中に教室から去って行った。それ以来、淳は権力闘争には参加せずに、さらに部活に没頭し、朝練の実施までも提案しだした程であった。
勿論、その後も淳の実力を認める者は大勢いたが、淳は大っぴらに威張ることも無く、もの静かに部活中心の生活を送った。淳には学生生活のコンプレックスとなった一件だったかも知れない。その憂さ晴らしとして部活に熱中しているという意見が大多数であった。
淳は常に上を見てきた。上の世代には滅法強いが、自分と同学年や年下にはあまり関心を示さなかったのだ。この彼の性格が対馬のデマを結果的に招き、いとも簡単に退陣するきっかけにもなっていた。
好きなタイプも精神的に自分より年上な女を好んだ。
早く学校に着きすぎた陽介は開いていた静かな校舎へと入った。
例の多目的教室を覗き、懐かしさに浸った。自分の教室へと戻ると、教卓から自分の席を眺めてみたり、好きな子の引き出しを開けてみた。
『ガラガラかい。』
荷物は殆ど入っておらず、期待はずれであった。
掃除用具入れを見るとボコボコに穴が開いており、無数の傷が刻まれいた。皆、イライラしたり、突発的に殴りたくなったり、暇なときや、パンチ力を誇示したい時など、下らない理由で殴りつけた跡が沢山残っていた。 ふと目を横にやると窓側に高校の学校案内のパンフレットや進路関係の書類の入ったプラスチック製の収納ボックスが3個並んでおり、これが陽介の一番の天敵だ。中の書類を眺めては、プラスチックのボックスを殴り付けた。殴っても殴っても中々壊れなかった。
セミの声しかしない静かな校舎が陽介の衝動をかきたてた。ジャブを数発放った後で、右ストレートでボックスを殴った。
いつもどうり、少しヒビが入ったり、プラスチックの一部分が白くなっただけであった。
しばし眺めた後、そのボックスを片手で放り投げた。
『あーあ。受験かぁ。』
教室を出ようとドアの方を向いた。
『おう。何やってる?』