トオルは足早に走り去って行った。

淳は納得したような気分にもなったが、腑に落ちない気持ちも否めなかった。


『何焦ってんだアイツは。田中祐子か・・・。確かに傍観者かもしれない。しかし、彼女が傍観して楽しいのか?』


淳は陽介に電話を掛けた。


『ちょっと今から平気か? 単車で速攻来てくれ。』


『OK。久々の集会じゃねーだろうな?』


『それに近い。なんてね。人数を集める必要はない。屋上前に集合で。』


『了解。』


陽介の単車のヤカマシイ排気音は直ぐに聞こえてきた。


『木刀はいらん。相変わらず下品な単車だな。遠目に屋台かと思ったぜ。』


『一応、お祭り仕様のロケットカウルだぜ。喧嘩じゃねーの?』


『飢えてるな、お前。聞き込み調査だ。野見山の一件を忘れてないだろ?。今日はトオルに2回も会った。内、一回はあの件に関する黒幕の話となった。』


『トオルに会った? アイツ引退して海外行ってるって噂だったのに。』


『スカシタ車に乗ってたよ。トオル曰く、あの一件の首謀者は全くの傍観者らしい。それらしく皆を踊らせる絵を描いた奴はトオルの寵愛を最も受けている女だ。』


『そんな女いるのか? 光恵さんじゃないだろ?』


『光恵さんとは真逆な存在だな。もの静かでミステリアスな女だ。』


『そそるな。』


『飢えてるな、お前。まぁ、おもしれーからアタックしてみろや。』


『まずは、見てからな。で、その女で決まりなんだろ?』


『おそらく。ただ、トオルは何かおかしかった。焦っているとういか・・・何かに怯えているような・・・、気がした。気がしただけだが、引っかかる。裏を取る必要はあるだろう。今日ケリをつけるぞ。』


『怯えている? まさか警察か・・・。それとも、その女にか・・・。』


『さあ?何なんだか。急に現れて、どこか行きやがった。前、文化祭に乱入して踊った大学があるだろ?すぐのところだ。坂上がった所で単車止めてくれ。ヤカマシイからな、お前の単車。』


『結構、評判いいんだぞこの音。』


『警察にだろ? その音で居場所がすぐ分かるからな。』


『どうする?知らないチームとカチ合ったら。警察は?』


『チームなら潰す。目をそらしたら、明日から生きて生けなくなくなるからな。警察はシカトだ。全開で振りきってくれ。』


『俺はスタートから全開だ。単車も水泳もな。』


『ぶち抜けよ。でもコケルなよな。』


『単車も水泳もな!』


『うるせー。』


淳を後ろに乗せた派手な単車は発進した。タンクにCANDYのスッテカーは無かった。10分も走ると大学近くまできた。単車を敷地の一歩手前で止めて、歩いて入っていった。構内図で田中の学部の校舎の位置を確認し、建物へ入って行った。


『研究室にいるらしいんだが、どこかな。』


『科があるみたいだな。』


『生物系だったかな。』


淳が学生に尋ねた。


『生物系の研究室って何階ですか?』


『何科ですか?』


『あっ、生物だったと思うんですけど。』


『なんていう人?』


『4年の田中祐子っていう』


『さぁ?4年のことは知らないな。生物系なら3階か4階のどっちかだろうね。』


『ありがとうございます。とりあえず行ってみます。』


エレベータで4階に着くと、正面に研究室紹介のパネルがあった。研究室名と研究テーマが書かれていた。


『わけわかんねーな。何個あんだよ。』


『高分子、遺伝子をキーワードに探そう。ブラリと歩いてみよう。』


『おい、名前張ってるぜ、ここ。』


研究室前の廊下のロッカーに紙が張られていて、名前と在室、退室などが書かれており、各自のマグネットが貼り付けられていた。


『何だかんだ、他も張ってるな。その内、見つかるぜ。』


2人は廊下を歩いた。一番奥から2番目の研究室前に彼女の名前はあった。


『あったよ、おい。これ、これ。』


『マジだ。どうするよ?』


『じゃ、陽介、顔見たいだろ?行って来いよ。』


『ふざけんなよ。お前、俺は単車持ってきただけだろーが。』


『チキンが。』


『じゃあ、俺はノックだけする。』


『俺はドアノブを引く。』


『おい!』


『お前はホントに・・・。じゃ、ノックだけしてくれ。』


陽介はふざけてドデカイノックをした。


『テメッ。 あっ、田中さ・・・』


淳は部屋に入っていった。10秒もしない内に出てきた。


『どうだった?』


『白衣の下は・・・って感じだな。ありゃ、黒だな。』


『何が黒だ?まさか・・・見えたのか?おい!淳ちゃん。白衣の下は?』


『飢えてるな、お前。今日3度目な。犯人だって意味の黒だ。しかもこれは冗談だ。ってことを言うのが面倒だ。実験室に回ってくれってさ。ここは研究室で、隣が実験室。はい、となり!』


『じゃ、ノックノック!』


淳はドアを開けた。


『失礼します。失礼します、すいません!』


ポンプが何台も動作しており、うるさい部屋だった。おまけに頭がクラクラするような匂いに襲われた。

部屋には何人か学生がいるようであったが、一向にこちらへ来る気配がない。

長い実験台が横に4台あり、台の上にはスタンド組まれていて、コックの付いたガラスのラインが通っていた。


一番奥の台で白衣を着た男が巨大な容器を傾けて液体窒素を小さな瓶へ流し込んでいる。瓶から外れた液体窒素の丸い球が出入り口付近まで走しってきた。


『恐えぇ。』


陽介の声に気付いた男はこちらをチラっと睨むと、ゴミを捨てながら近づいてきた。

マスクを外すと2人の顔をじっくり見た。


『何か? 誰かに用ですか?』


『田中さんはいらっしゃいますか?』


『田中!』


男はデカイ声で田中を呼び、2人を指差すと、すぐに実験台へ戻っていった。


『はーい』という声とともにサンダルで歩くような音が聞こえてきた。


『はーい・・・どうしたの?淳くん。どうした?』


『え?あ、あのちょっと話したいことがありまして、お時間いただけませんか?』


『あ、うん。』


田中はビニール手袋を外しゴミ箱へ捨てると、実験ノートを覗き込んだ。


『ごめんね、今ちょっと実験中で手がはなせないの。あと20分くらい、いい?そこで一区切りつくから。ごめんね。エレベータの前に長椅子があるからそこで待ってて。』


『はい、大丈夫です。わかりました。』


2人はドアを閉めた。2人とも廊下で深呼吸した。


『くっせー。なんだこの部屋。頭がガンガンするぜ。あいつ絶対、黒だな。おかしいもん。しかも実験って。客が来てるのに実験だぜ。怪しいな。逃亡する気だな。』


『まぁそう言うな。突然の訪問だからな。』


『20分くらい、いい?の”いい?”で首を横にしたぜ。若干ぶりっ子だな。』


『はは。とりあえず、この実験室と研究室は見張るぞ。トオルに電話してたりしたら面倒だなぁ。』


廊下を奥まで進みきると階段があった。階段の手前にシャガミ、研究室の方を見張った。


15分程すると彼女は実験室からお菓子を持って出てきた。エレベータ方向へ向かった。


2人は彼女の背後を歩き、ついて行った。


『あれ?普通だな。逃げも隠れもしないな。』


田中は予定通り、長椅子に腰掛けると辺りを見回していた。


2人はすぐに姿を見せた。


『すいません。ちょっと見学してました。』


『あっ、お待たせ、ごめんね。お菓子食べて。』


『ありがとうございます。白衣着てるときって何かアクティブですね。』


『そう?そんなことないよぉ。』


『部屋すごいですね。はじめまして、三浦と申します。』


『はじめまして! どうもぉ。臭かったでしょ?色んな溶媒使ってるから。気化しやすいやつ。私はもう慣れたけど、初めはだめだった。研究に興味ある?三浦君は何になりたいの?』


『そうですね、電動コケシを作る人になりたいです。』


『バカヤロウ!』


『いいのよ、シモネタにももう慣れたたら。それにね、立派な技術だと思うの、これは冗談ではなくて。』


『コイツはそんなに深く考えてないので・・・。あの、センシングってあるじゃないですか?』


『うん。色々あるわ。』


『詳しいですか?』


『まぁ。知らないものも当然あるわよ。私のテーマは再生医療なの。』


『ぶっちゃけ、実験系を実生活に置き換えたりしたことありますよね。』


『実生活に?』


『そういう目で見るんじゃないでんですか?人や物を。』


『あまりないわ。』


『あまり・・・ですか。』


『何?何?ぶっちゃけ全然ないかも。』


『それだけ実験にのめり込んでてですか?』


『置き換えようとも思わないし、置き換えようが無いわ。置き換えて、どうするの?』


『やはり反応を見るのではないでしょうか。』


『あぁ。でも見れる?そういうのって?装置とかもないわけだし。定量も難しいわね。』


『アバウトかもしれませんが、反応は見れると思いますよ。』


『うーん。それで?』


『僕が興味あるんですが、人をどうにかして操れませんか?』


『不可能では無いと思うけど、それって心理学じゃない?もしかしたら?私も教えてもらいたいな、それ。』


『・・・野見山の件はご存知ですよね。』