淳も家へ帰ることにした。屋上から下りて、歩き出していた。
ふと、ある言葉をリピートしていた。
『綺麗にパーツがハマるポジションはそこだけだったんですよ。』
話して気づいたことだった。確かにヘッドのポジション以外なかった。勿論、その方が都合が良いという打算も無かったわけではないのだが。
苛立ちを覚えた淳は看板を蹴飛ばした。KEEP OUTと書かれていた。
『英語!、この英語が!』
横の大通りに車が停まった。トオルの車だ。トオルは一人であった。
『おい、待てよ。』
『なんすか、今度は? 話すことはないと思いますが。』
『乗れよ。』
淳は無視して歩きだした。
『さっき、あの女見たぞ。会ったのか?』
『知らん、もう帰ってくれ。』
『いいこと教えてやるよ。』
『いちいちウルセーナ、アンタ。』
淳は車のドテッ腹を蹴り上げた。トオルは車から降りると、淳に近寄り、髪の毛をむしるように掴んだ。
『なめんなよ、ガキ。大会ごときでナーバスになってんじゃねぇ。ちょっと来いや。』
トオルは車の中から一枚の紙切れを淳に見せた。
『これが何かわかるか?』
『実験のモデル図でしょ。』
『意味がわかるか?』
『さぁ? 抗体っぽいマークは分かりますが。』
『そう、Y字マーク。これは抗体だ。いいか、これが野見山だ。』
『何のことっちゃ?』
『アポトーシスなんて、そう簡単に誰かが操れると思うか?恐らく、この絵があの一件のモデル図だ。ある程度確証された実験さ。その中でも条件設定が難しいとされるものだ。麻薬などの薬物のセンシングにも使われる。ちなみに、お前らのCANDYだってスラングじゃ、そっちの意味だろ。』
『この絵の通り事が進んだとでも?』
『ああ。間違いない。抗体と特異的に結合するのが抗原だ。こいつ等は、親和度が高く、恋愛のように互いを欲する。鍵と鍵穴の関係だ。抗体が野見山で抗原は?』
『俺か、光恵さんのどっちかだと・・・』
『そう、この場合抗原、つまりY字にはまる△マークは、光恵になる。』
『俺は?』
『お前は、このヒモのようにニョロニョロしたポリマーだ。単なるポリマーは腐るほどあるが、コイツは機能性ポリマー。頭と尻尾が官能基で機能化されている。しかも胴体は両親媒性だ。色んな溶媒に溶けることができる。頭が良くて器用な奴だよ。この絵を見て何か思ったことは?』
『上と下で分かれているような気がする・・・。』
『大雑把に見て2つに分かれる。そのとおりだ。しかし、実際は抗体を介して、上の系と下の系は繋がっている。絵の右端から単独で△のマークが一つ飛んできているだろ?これも光恵だ。』
『光恵さんは2つ?』
『お前だって上と下で2箇所に存在するだろ?上が過去で下が未来だ。その中間にいるのが野見山だ。この絵を他人事のように傍観すれば、過去と未来が直線で並ぶように見えないこともない。まさしくSCREAM脱退とCANDY立ち上げ、SCREAM襲撃を表している。横から飛び込んできているのは、新たな光恵だ。初代CANDYの女としてだ。』
『この反応はいったい?』
『フリーで新たに飛び込んでくる光恵が抗体である野見山を目指す。今、野見山と結合しているのは3代目SCREAMの光恵だ。この2つが競合して野見山と相互作用する。身軽でフリーな光恵が結合し、3代目の彼女は解離する羽目になる。3代目の彼女を良く見ると、SCREAM時代のお前のポリマーと繋がっている。そしてポリマーのもう一方の末端は粒子と結合しているだろ?この大きな粒子がSCREAMであり、俺だ。そして、この競合反応の末、過去と未来が決別する。』
『俺は何の為に?』
『お前の役割は何個かある。一つは野見山を担ぐ為。高機能なお前はポリマーの両末端が使える。未来のお前で言うと、一方でCANDYという新たな土壌である基盤に結合し、もう一端で野見山を担いだ。野見山のようなシンプルで血の気の荒い奴が欲しかった。彼を反応の活性ポイント、抗体として利用したかった為だ。複雑な反応が起こらず、相手によっては強い親和性を示すという、抗原抗体反応が観察できるもってこいのサンプルだ。』
『俺はそんな・・・』
『このモデルでは、そうなんだ。それにお前は即席でCANDYをつくっただろ?手っ取り早く作る為には、基盤が丁度良い。ポリマーを溶かして基盤の上に浸せば結合する。何回か洗えば精製も完了する。俺らSCREAMは高級な手法をとった。粒子を使えば精製は面倒だ。何十万Gもかけて遠心精製を繰り返す。精製中に組織が壊れることだってザラだ。お前という高級ポリマーも手間暇かけて合成する必要だってあった。お前は寝返って、自分というポリマーを基盤に浸したに過ぎない。それで土壌が出来上がったら、丁度良い野見山を担いだのさ。気分が良かっただろ?光恵が近づいて来た気がしただろう?それはお前が最強の名を欲しいがままにした野見山を担いだからだ。3代目SCREAMの女は、確かに”後の”CANDYに近づいたかもしれない。魅力あるチームがもうすぐ誕生すると思えたかもしれないよ。これがSCREAM脱退近辺の話だろう。事件当日、俺と別れたばかりの光恵は野見山と結合した。当たり前の話だ。お前は自分に近寄ってきていると勘違いしただろうが、お前の周辺に興味があっただけだ。野見山との結合が正しかったのだ。』
『何故、光恵さんと別れた? タイミングが良すぎるでしょ?』
『すべては、あの女の企みだ。俺はドラッグを嫌う。人格が飛ぶからだ。チーム内でも殺人よりも禁止したほどだ。あの女に吹きこまれた。このセンシングの原理にも気づかずね。あとな、この実験系でわざわざSCREAMを表す粒子がいるだろ。昔のお前のポリマーとその先端に昔の光恵の抗原の付いた粒子が。これは無くてもいいんだ。無くてもお前が担いだ抗体に新たな光恵の抗原が初代CANDYの女として結合すれば問題ない。ただし、この実験を傍観する側の人間にとっては全然面白くないのさ。SCREAMというある程度の重さがある粒子が、あらかじめ抗体と結合、つまりはある距離で相互作用していると、それが競合反応で解離した時のレスポンス変化が、単に光恵のような低分子抗原が抗体と作用するより遥かに劇的な変化をもたらすからね。薬物のような低分子体を高感度にセンシングする為に使われる一つの手法さ。奴にとっては興奮する実験なわけだ。』
『あの女ってまさか田中祐子・・・』
『アイツだ。とりあえず、こんな感じだ。これでスッキリしただろ。アイツのことは俺に任せておけ。お前を責める奴などいないだろう。大会頑張れよ。』
『ああ、はい。』