朝8:00、グラウンドを走っていた。
昨日杏と話したことで、私の目的意識は研ぎ澄まされていた。
上級生になり、度々サボっていたランニングだが、大会までにできることはやっておきたい
と思い、いつもなら絶対やらないダッシュを交えながらウォームアップをしたのだ。
ほんと都合のいいやつで、直前にならないと動き出せないのはテスト勉強でも
一緒だなとも感じていた。学習能力の無さには自分でも呆れる。
これを機に変わりたい、そうも思った。
とはいっても、心はクリアで晴れ渡っていた。
練習自体は9:00から始まり、それまでに各自で校庭を3周し、体操、ストレッチ、着替えを終えておかなければならない。
9:00からキャプテンの貴司が今日の練習メニューを発表し、シャワーを浴びたらすぐに泳ぎだすのだ。
今日のメニューは泳ぐ距離は変わらないが、インターバルタイムが幾分長くとられていた。
昨日まで心肺的に極限まで追い込むような厳しい条件のメニューだったが、
これからは、溜め込んだ乳酸をゆっくり減らして行くようなメニューに移行するようだ。
これは昨年まで顧問の宮崎が行っていた手法で、貴司は継承していた。
貴司はこの切り替えの時期が、大会の2週間前からだったか1週間前からだったかを
憶えてなかったらしく、淳や陽介と相談して決めていた。
練習メニューの前半は宮崎時代とほぼ同じで、基本メニューである。
ウォームアップして、15分間ゆっくりと継続的に泳ぐメニューをこなした後は
自由形の練習に入る。大体、100M×8本を3セットこなすのだ。
3セットとは、キックのみ、手だけで泳ぐスイム、キックとスイムを合わせたコンビネーションだ。
貴司が日々コントロールしていたのは、そのメニューを何分で泳がすかということだ。
100Mの練習が終わるとこの200Mバージョンを3セットこなし、基本メニューが終わる。
貴司がミーティング時点でメニューを発表しない場合は、この基本メニューを終えた後で
一旦プールから上がり、後半の各自が専門とする泳ぎの練習メニューを軽く打ち合わせた。
専門の泳ぎについて貴司はあまり深く干渉することは無い。
種目別でコースを分けて、ある程度各コースのトップ選手に権限を譲渡していたのだ。
専門種目の基本メニューとそれを回す時間については深く首を突っ込んできたが、
それ以外は、現在抱えている問題を克服する為の種目別で徹底する課題と、個人レベル抱える課題を
軽く口頭で発表させて、基本メニュー以外はコース別で練習を組むようになていた。
ただし、毎日新しい課題が生まれるわけでもなく、毎日その日の課題がその日に完璧に解決する
わけでもないので、ある適度、成果がナアナアになっていた部分はあった。
つまりは各自で問題意識を持たないと、その場しのぎの口先だけの課題を持つか、
強く根付いている宮崎の水泳思想に照らし合わせた際の自分の至らない課題を
なんとか見つけるという、2パターンにおちつくことになる。
大事なのは自己ベストを出すことだと考えていた私は、まもなく行われる個人課題の発表の際に
その旨を伝えようと待ちわびていた。
あろうことか口火を切ったのは杏であった。