今回足を運んだのは、クラーク国際空港からほど近い、空港北側に位置する、日本人にとってもすごく縁のある場所。神風特別攻撃隊が初めて飛び立った地として知る人ぞ知るパンパンガ州マバラカットを訪れてみました。「永遠の0」と「風立ちぬ」は観たんだ。でもフィリピンから出撃したのは知らなかったよ。映画に出ていたっけ?繰り返してはいけない歴史の一ページですね。元々あった平和記念碑は1991年のピナツボ山の大噴火で埋もれてしまったそうです。
今回は歴史(歴史っていうか零戦?)が好きで興味津々の父親が運転する車で、西と東の飛行場跡を目指したのだけど、これがとても分かりにくいところにある!!もしかすると地元の人の方がよく知っているかも!?タクシーとかトライシクルをつかまえた方が、スムーズに辿りつけるかもしれない??と思いました。いや、ちゃんと場所を把握しておけば問題はなかった話なのだけど。ずっと天気が悪くて写真が暗いです、すみません…でも現地に着いたら奇跡的に雨が止む不思議w
左の☆が西飛行場跡、右の☆が東飛行場跡の位置デス
■マバラカット西飛行場跡
まず最初に向かったのは西飛行場跡、Kamikaze West Airfield。これは空港で手に入れたクラークの観光マップにも載っていたし、Google Mapsにも表示されたので、大体の位置は把握できていました。ところが、Prince Balagtas Aveを西から攻めて行ったのだけど、まったくそれらしきものが見当たらない!結局Highwayに突き当たってしまったので戻ってみる…もやっぱり見つからない!!しかたがないので、ひとつ南のGil Puyat Aveから脇道に入ってみる作戦に。こっちは一応外に看板も出ていた!!細い道を進むこと5分…発見!!ってことで、結構迷いながらも辿り着けました^^
草生えまくりで手入れはされていない感じ。しかも連日の雨でぬかるんでいて大変でした。毎年10月25日には慰霊祭が行われているようなので、その時期には手入れするのかな?神風トンネルと呼ばれる防空壕もあったんだけど、天気も悪くて足下が悪かったし、入り口にはクモの巣が張ってあったので、中には入れませんでした。ちょっと怖くて写真も撮りませんでした、えへ。コウモリさんの棲み家になっているもようw あまり訪れる人がいないのかな〜って印象でした。碑文はコチラ 。原文のままなんだけど誤字脱字(人の名前まで!)や、少し???な表現が目立つ。誰、書いたの?w
結局ね、この細い道はPrince Balagtas Aveに繋がっていて、時間によってはフェンスゲートが開放されるようです…確かに、Prince Balagtas Aveを走ってるときにフェンスゲートはあったのです!!でも本当に開くのかはよくわかんない。門番もいないし。
■マバラカット東飛行場跡
続いて向かったのが東飛行場跡、Kamikaze East Airfield。これが迷いに迷ったのだ!少し南下してしまった。リサーチ不足だったのは反省します。Google Mapsも引っかかってくれないし、情報が少なすぎて正確な場所がなかなか把握できませんでした。MacArthur Highway沿いの三角公園みたいなところにいきなり現れます。この付近は車を止められる場所がなく、Highwayの出入口もあるので交通量も若干多めで少し危険でした…なぜこんなところに建てたのか…それとも後から開発が進んでこうなったのか…(どうやら後者のようです…)
こちらは手入れがきちんとされていて、訪問したときも清掃の方が掃き掃除をしていました。なのに何故にGoogle Mapsにきちんと表示されないのか!!横の小さな建物にも入れたのかも!?遺品が展示されているとか…?路肩に停めた車が気になって足早に退散してしまいました。碑文はコチラ (原文まま)。やっぱりちょっとおかしな日本語w 重複も目立つし、校正入らなかったの?www
ちょうど学校が終わった時間なのか、通学路なのか、中高生くらいの制服を着た少年少女たちとたくさんすれ違いました。そしてなぜかみなさん、バシバシと写真を撮っている私たちに挨拶をしてきてくれる…!!日本人と分かってしてきているのか(まあ現地人にはどう見ても見えないか)、少し不思議な感じでした。たかられないか少しドキドキしちゃったヨ…w
ちょっとかじった話だけど、フィリピンでは神風特攻隊は英雄だったみたいですね。現地の人にはそういう意識が根付いていて歓迎されてたってことなのかな?日本では悲劇として伝えられているのに不思議なものです。
今回の慰霊碑巡り、なかなか訪れる機会がない場所だと思うので、貴重な体験ができてよかったです。次回…があるかどうかはわからないけど、もう迷わずに来れますw