※2022年12月移動記事(2024年10月加筆修正)

 

 

2020年3月末日現在、約12年間務めた組織を退職し丸2年を迎えました。

 

IAMを知ってしまったことで、人生が激変した方々は数知れず。私もその一人です。

 

IAMを知り、どのような経緯で組織を去り、IAMに転身することとなったのか簡単にまとめてみたいと思います。

 

・・・

簡単に自己紹介です。

1980年12月、鹿児島県生まれ。

米・ウェストバージニア大学卒(BS:理学士)。千葉県・茨城県で幼少期を過ごし、約5年間渡米(専攻生物)。その後千葉県警察官を拝命し、約12年間の在職中の大半を公安部門に所属。在職中、CIAやKGBなど、世界の名だたる諜報機関が長年積極的に人間の潜在能力開発研究をしてきたこと、そしてその要がInterbrain(間脳)、特に「松果体」にあることに着目。一方で、IAMとの出会いから、同部位が自然治癒力の要でもあることを偶然知ることとなり、その開発者・駒川耕司先生に師事。

 

IAM/ライオンあくびを「広めたい」から「広めねば」へと確信を強め、以後、これの普及に務めるべく2018年に組織を退職・開業。同じ頃、離婚(※)。

※2024年再婚

 

米国留学中、誇りを持てる母国(日本)のあることが実は幸福なことであることに気が付き、帰国し公職を希望しました。

 

 

当時の私の信念体系とは、人や社会の価値観を大切に生きることが世のため人のためというもの。自分自身がどう感じるのか、好きか嫌いかといった自分軸が非常に乏しく…というよりこれを嫌悪しておりました。

 

つまり自己嫌悪であり自己からの逃避です。

そして、価値基準や善悪の判断を人に、組織に、社会に委ねきっており、そこに起因する責任転嫁と無責任さに気付いておりませんでした。

 

今思えば、神を自分の外に探すフェーズだったとも言えます(後述)。

 

* * *

 

組織での仕事は、もちろん時期や段階、業務内容によって波も相当にありましたが、控え目に言ってもかなり無理をして一生懸命やりました。24時間どころか、必要に迫られれば何日間でも不眠不休で活動するのが警察です。

 

しかし拝命して10年も経つ頃、私はいくら心血注いで仕事をしても、またどんなに大きな仕事、刺激的な仕事を経験しても、そしてどんなに評価されても、どうしても満足感を得られないことに疑問を感じはじめていました。

 

求められていることをやり、きちんと評価されているのになぜ虚しいのか。

当時の私にはどうしても分かりませんでした。

 

ある時、現場から所属部署へ戻る車を運転していた時でした。

精神的に非常に疲れていた私は、「もう(あの世に)帰りたい」と心の中で呟きました。すると次の瞬間、私の前に白色のワンボックスカーが割り込んできました。そして、その車のリアガラスに何やら文字盤かステッカーのようなものが張り付いており、そこにはこう書かれていました。

 

「Too early to die」

 

~死ぬには早すぎる。

ぞっとしました。私の心の中の声を誰かが聞いていると思いました。非物質の存在たちが、ここ3次元の私に必死にコンタクトを取ろうと試みているようでした。

 

そんな頃、やはり上司も人知れず精神を病んでいました。私はかつてお世話になったことのある有能なカウンセラー(※)N氏を紹介しました。上司はN氏を気に入り、いつしかN氏がBSセラピー(IAMの前身)なるものを始めたようだと逆に私に教えてくれました。

 

これをきっかけにIAMを知ることとなり、月1回程度、約半年間、N氏の元へ通い始めました。当時の鈍い私は気が付きませんでしたが、間違いなく意識の変化が水面下で進行していたことは間違いありませんでした。その証拠に、その後上司も心身共に元気になり、現在も組織で活躍中です。

※霊能系

 

* * *

 

IAMを知った当時、そうした訳で精神は病んでいたにも関わらず、

仕事は控えめに言ってもかなり好調でした。人生始まって以来、あれほど評価されたことはないという程、非常な好成績を打ち出し続けていました。

 

私は後にも先にも、あれ程他人から褒められ有り難がれたこともないでしょう。かつての上司・同僚・関係先の方々には心から感謝しています。

 

しかし一方で、自分の本心と建前との乖離に大きな不安を覚えるようにもなっていました。評価され、組織・社会の役に立てて(?)嬉しいはずなのに、自分自身の心が喜びや満足感を味わうことができないばかりか、

 

常に得体の知れない何かににらまれているような感じがしてならなかったのです。

 

この頃よく夢を見ました。

それまで、白い犬が暴走しないように注意深くリードを引いている夢を見ることがたまにあり、その夢を”自分の本心(白い犬)を制御している夢”なのだと解釈していました。

 

しかしこの頃になると、

その白い犬が牛のように大きく膨れ上がり、しかし体中の皮膚が血と共にドロドロとただれ落ち、歩くのもやっとな状態に変わってしまっておりました。

 

別の日には、海岸に打ち上げられた鯨の夢を見ました。目だけが人の目をしており、

この上なく哀しい目で私をぢっと見つめていました。これには震え上がりました。

 

N氏に相談すると、「山本様の”中の人”はもはや声を上げたり立ち上がることもできないほど弱まってしまった。」と答えました(※)。

※後に、当時を振り返った駒川先生からも「あのままいっていたら死んじゃっていたかもしれないね」と言われたことがあります。

 

偽物の食べ物を食べているかような、あるいは、宿題の終わらない子供が、それを気にしながらも夏休みの終わりまで遊んでいるかような気分の日々が続きました。

 

どんなに成果を出しても虚しく感じる。どうしたら自分が喜ぶのかが思い出せない。

 

価値基準を自分の外に求め、社会や他人の評価だけをリアルとしていた当時の私は、自分の中にも神・魂があることをすっかり忘れ、そしてそれが何を意味するのかにも気づくことなく、自分の喜びの源、そして生きる意味までも何もかもすっかり分からなくなってしまっていたのです。

 

IAMはそのような私を揺さぶり起こしてくれました。

 

社会や他人の期待、承認、評価ではなく、自分自身の、そして思考ではなくハートから感じる自分自身の「リアル」に従わなければ、たとえ世界中の人々に評価されようと、永久に満足や喜びを得ることはできないということに、私はようやく気付いたのでした。IAMに通い続けて数か月が経過した頃でした。

 

正気に戻ったと表現した方が妥当なのかもしれません。

 

そしてこの思いは不可逆であり、つまり気づいてしまった以上、もう元に戻ることができませんでした。

 

* * *

 

私は高校生の頃、本当にやりたいと思った「職業」は実は僧侶だけでした。

親には言えませんでした。

 

根本的な問題解決法に非常に興味があり、例えばそれは人が犯罪者にならない方法であり、人が病気にならない方法、人が揺るぎない安心感や幸福感を感じるための方法でした。そのため、在職中から様々な代替療法や各種メソッド、スピリチュアル系の読書やワークショップなどへの参加に余念がなく、それらに余暇やお金をつぎ込んでいたのです。

 

もはや、私が本当にやってみたいことはもはや、というより元来警察にはなく、そのことに痛切に気づいてしまった以上、もうこれまでの延長線上で生きていくことはできなくなってしまいました。

 

この世で自分の人生を生きる、ことは実は最も困難な課題です。

上方への落下、という本がありますが

 

 

本当に自分の人生を生きる、とは言わばこの世の栄華とは真逆の道を一見「転がり落ちて」行くようなものです。

 

しかし、これをやらずにいつまでも無視し続けると、やり残しの負債が雪だるまのようにどんどん大きくなっていきます。「常に得体の知れない何かににらまれているような感じがしてならなかった」と書きましたが、

 

その睨んでいる本体とは、誰の中にも普遍的に存在している高次なる自己、命、神であり、これに本当の意味で触れることなく生きるのであれば、今生を生きる意味はありません。駒川先生のおっしゃる通り、当時私があのまま惰性で生き続けていたならば、多分予期しない不慮の事故や病気などでとっくに死んでいたのかもしれません。

 

結果として、これまでの延長線上で生きていくことはできなくなる、という内面の動乱はそのまま外界の動乱として反映され、組織生活、そして結婚生活にもピリオドを打つことに決めました。

 

かくして、「神を自分の外に探すフェーズ」は終わりました。

そして「自分の内にある神」へ帰還の旅が始まろうとしていました。

 

* * *

 

生き方のモードが切り替わってしまうと、「これからどうしよう」とは当然思いましたが、一方でそれまで想像もしなかったような解放感や、生きている実感が戻ってきました。一見堅牢な外界は飽くまで内面の反映でしかなく、「意識」という見えない世界こそが、実は最もリアルかつ全ての源であることに切に気づかされるようになっていったのです。

 

Silver bullet(銀の弾丸/特効薬)という言葉がありますが、もちろん何もIAMが全てとは思いません。しかし私の最大の興味、つまり人が犯罪者にならない方法、人が病気にならない方法、そして人が揺るぎない安心感や幸福感を取り戻すための一つの手段として、IAMはそれを具現化するための非常に確実な方法だと思い始めていました。

 

そして何より、やはり自分自身を揺さぶり起こし、信じられないような意識の変化を誘発してくれたこの手法に大きな可能性を見出していたのです。

 

それまでの「他人軸」モードの生き方を改め、公務員を辞してIAMで開業を始めた時の私の心境を如実に語る映画のシーンがあります。

 

インディー・ジョーンズの「最後の聖戦」で、主人公が見えない橋を渡るシーンがあります。橋は存在するとされるけれども目に見えません。

 

「ある」と信じて一歩を踏み出す者には橋は現れ、「ない」と信じる者にそれは現れません。

 

※インディー・ジョーンズ「最後の聖戦」より転載

 

はたして、私の「見えない橋」は紛れもなく存在していました。

 

退職した頃は、実に裸一貫、何もなしの状態でしたが、自分を生まれ変わらせてくれたIAMの技術研鑽とその普及活動へ取り組むと決め、かつて完全に抹殺してきたハートのギアーを上げてゆくにつれて次々と人生が加速化してゆくようでした。

 

助けてくださる様々な方が現れ、不思議な人脈が育ってゆき、そして気が付いた時には新たな世界・新たな人生が自然と形作られはじめていたのです。

 

* * *

 

すべてはIAM開発者・駒川耕司先生の言葉「よりよい地球社会の実現に向けて」のために。

 

地球で生きるすべての人が、本来の最高の自分自身として在ること、生き切ること以上に大切なことはありません。これは全ての存在物の中に在るそれ、命、神を尊重し、天/神/宇宙の意志を地上にもたらす道です。

 

IAMは、それを実現していくための具体的な手法の一つです。

この国は...むしろこの星は、精神を病んだ人が多すぎます。

闇に支配され、霊性を欠く価値観や信念体系が蔓延った社会にいつの間にかすっかり洗脳されてしまう世界になってしまっています。

 

しかしこれからの地球は目覚めの時代です。

このシンプルな手法を一つのきっかけに、誰もが健やかな心身と目覚めた意識で幸福に、これからの地球を浄化・回復・進化させて欲しいと心から思います。

 

ここまでお読みいただきありがとうございました。